そうしてとけていく、
ふ、と。空が起き出すと同時に目が覚めるのも珍しい。こんな日はなにかいいことがあるかもしれないと再び眠りにつこうとする身体を起こしてカーテンを全開に、もう朝よエルサ、と。普段ならばあたしがかけられるべき言葉とともに振り向いて。
ベッドは、あたしが抜け出したかたちそのままだった。
「─…エルサ?」
自分でも驚くほど小さな音が声になってくれたのは、この部屋があまりにも静かすぎたから。鳥の歌声も、風のささやきも、目をこする姉のおはようなんてあいさつもなにも聞こえない、あたしひとりが取り残された部屋。
ベッドに駆け寄って毛布をはぎ取ってみても人影なんてなくて、ただ昨日の夜、目を閉じるその瞬間までエルサが微笑んでいたはずのその場所に雪の結晶が残されているだけで。
そ、と。手に取る先からとけて消えていってしまう、かたちをなくしてしまう、まるで最初から存在なんてしていなかったみたいに。夢を見ているみたいに、はらりはらり、失われていって。
「…エルサ、」
あつい雫が手のひらにこぼれていく。涙が触れれば余計にとけていってしまうのに、エルサがいた証がなくなってしまうのに。それでも流れを止められない、自分の身体が言うことを聞いてくれない。ぱたりぱたりと、降り積もった雪の上に流れて、シミを作っていくばかり。
いってしまったのね、と。直感的に思った、エルサはとけてしまったのだと、あたしの前から静かに、音もなく。そんな気はしていた、いつかはそんな日が来るんじゃないかと思っていた、わかっていたのに見ないふりをしてきただけだった。知らないことにしていればあるいはその日は永遠に来ないんじゃないかと、そんな夢みたいなことを。
姿をなくした雪を抱きしめる、胸のうち深くに。
あたしはしあわせだった、たしかにしあわせだった。このままずっと会えないんだと諦めていた姉さんと分かり合えたから、有り余るほどの愛をもらったから、姉さんの一番近くに、隣にいられたから。だからあたしは、この世界で誰よりもしあわせなの、さみしさなんて感じてはいけないの。またひとりぼっちに戻っただけ、そう思えば、さみしくなんてないから、そのはずだから。
そう言い聞かせてみたって雫は留まってくれるはずはなくて。笑っているのに、笑顔で見送っているのに。雪の女王が最期まで、あたしにおやすみとささやくその瞬間まで微笑んでくれていたのに、あたしは笑っていることができない、どうしたってこの涙を枯らすことができない。
だからせめて、この声は届きませんように。やさしすぎる姉が心配してしまいませんように。
あたしは名前を呼ぶことをやめた、いとおしい姉の名を。
(まるであなたみたいに)
なにもかも、最初からなかったみたいに。
2015.4.7