あたしの彼女はずるい人でした。

(現代パロディ)  大人ってずるい。 「そんなに拗ねないでちょうだい、アナ」  振り向いたエルサさんがあたしの顔を捉えて苦笑を一つ、拗ねてないです、なんて返答は子供じみたうそだろうけど、それでもふくらんでいく頬を止めることができない。なんて子供すぎるの、あたしは。でも、だって、と。言い訳ばかりが思いついちゃうあたしは。  仕事が忙しいエルサさんがあたしのために作ってくれた時間。久しぶりのデート。この日のためにバイトして、今度こそ自分のお会計は自分で払おうと思っていたのに。  楽しい食事が終わって気付けば彼女は支払いを終えてしまっていた。もちろん、あたしの分もまとめて。割り勘を申し出たのに、ここはお姉さんにおごらせてちょうだいって、いつもそればかり。  今日こそは対等な関係に立ちたかった、エルサさんに並び立ちたかった。子供扱いをされているわけではないのだろうけど、それでも学生ということを意識されているみたいで、年下ということを思い知らされているみたいで。 「折角がんばって稼いだお金ですもの、自分の趣味だとか、そういうことに使わないと」 「エルサさん以外に夢中になってるものはないの」 「それは嬉しいけれど」 「うそ」 「本当」  なんて子供みたいなやり取り。追いかけていた歩調が段々とゆっくりになって、そうして止まって。一緒に歩くことさえ、いまのあたしにできないだなんて。  同じように立ち止まったエルサさんの眉が下がっていく。彼女がよく浮かべる表情。迷惑かけたくないのに、笑っていてほしいのに。困らせることしかできない自分に涙さえ浮かんでくる。 「あたしは、…あたしはただ、大人になりたいだけ、なの。エルサさんみたいな」 「私だって。…私だって、大人なわけじゃないわ。あなたとの食事に浮かれて、いまだってあなたを泣かせて、」  あなたの方がよっぽど大人よ。  かつり、と。ヒールがほど近くで鳴って、頬を伝う雫を拭い去られる。少し高めの位置にあるエルサさんの氷色の眸が笑みのかたちに細まって、だめね私、だなんて。気遣いさえまともにできないだなんて、と。  ちがう、ちがうの。嗚咽でちゃんと声が出なくてただ首を振るあたしの両頬をそ、と。手で挟まれたかと思えば、くちびるにおだやかな熱が触れて、離れる。間近に見えた氷色に、ようやく状況を理解した身体が震えた。 「じゃあ、今日はこれだけもらっていくわね」  ふわり、あたしの好きな表情を残して。そのまま流れるように手を繋がれ、ふたりして歩き出す。ようやく並び立てたというのに、あたしは顔を上げられないまま。  やっぱり大人って、ずるい。 (こんなことで大人になれる日はくるのかしら)
 できる社会人エルサさんと背伸びしたいお年頃の学生アナちゃん。  2015.4.9