この気持ちが愛じゃないなら、きっと世界に愛はない。
うじうじとただ悩んでるだけだなんておおよそあたしには不似合いなんだけど、誰かに訊くわけにも、訊いて答えが出るものでもなさそうだからこうしてひとり考え込んでいるわけで、
「どうしたの、アナ」
ましてや原因であるエルサには口にできないわけで。ここ一週間ばかり腕を組んでひとしきり唸っているあたしを心配してくれているのか、さっきから顔を覗き込んでこようとする姉の追及から逃れるべくこうしてなんとか視線を逸らしているのだ。
エルサに相談して、関係のないことを含めて話し込んで、そうして気付けば悩みの種がなんだったのかさえ忘れてしまう、なんていうのが常なんだけど、今回ばかりはそうもいかない。最近ずっとあたしの頭を占めているそれを悟られちゃいけないの。
しきりに声をかけてくるエルサを振り切り全力ダッシュ、廊下を突っ切り角を曲がって、体力の少ない姉さんのことだから追いかけてこられないだろうと座り込んで一息、
「やっぱり変よ、今日のあなた」
「うえっ、え、エルサ!?」
目の前にひょこりと顔を出した姉に思わず間抜けな声が飛び出した。
どうして追い付けたのかとか、なんで息が切れてないのだとか、浮かぶクエスチョンを吐き出せずにいるあたしの横にすとんと腰を下ろしたエルサは、ようやくあたしの眸を真正面から捉える。叱られた犬みたいに眉を下げて、氷色の眸をにじませて。これはきっと、とても心配している時の表情。
「…私はまた、あなたを傷付けるようなことをしてしまったのかしら」
「え、…あ、いや、そうじゃなくて」
「でも最近、避けられているみたいだから、嫌われたのかと…」
「そんなわけないじゃない! むしろ逆よ!」
叫んでしまってから慌てて口を押さえても後の祭りもいいところ、かわいらしくも首を傾げた姉さんが、じゃあなんで、とばかりに見つめてくる。勢いで口走っちゃう自分にため息を一つ、エルサと膝を突き合わせて、だけど視線は合わせられないまま。
「その、ね。…最近、好きすぎるの、エルサのこと」
家族以上に、姉妹以上に、エルサのことが好き、だなんて。我ながらばかみたいな悩みだとはわかってる。好きであることになにも問題はないはずなのに、あたしはどうしてだか不安になってしまう、この想いは抱いちゃいけないんじゃないのかと恐れてしまう。“好き”よりも大きな言葉を、あたしはまだ知らないから。自分の気持ちさえ見えないから。
そうしてたどたどしくも打ち明けたというのに、恐る恐る顔を上げてみれば、エルサは微笑んでいた、一瞬見惚れてしまうくらいに。
ごめんなさい、と。それでも笑みはこぼれたまま。床に突いた手に姉さんのそれが重ねられる。きゅ、とやさしく包まれて、あのねアナ、だなんて。
「その気持ちの名前を、私はもう知っているの、教えてもらったの、あなたに」
秘密を洩らす子供みたいにこっそりと、あたしたちふたりだけしかいないというのに耳打ちをされるのはなんだかこそばゆくて。
伝えてもらったそれに、あたしはようやくこの感情の名前を知ることができた。
(それはね、きっと、愛、っていうのよ)
あなたへと向かうこの、気持ちは。
2015.4.12