だってもう子供じゃないもの。

 あたしも大分、対人用の表情というものを習得できてきた気がする。それも当然、だってもう十九なんですもの。成人を間近に控えているんだから、これからは少しずつ、ううん積極的に外交の場に出なければならないのよ。女王である姉の負担を少しでも減らせるように。少しでもあたしと── 「アナ、」  唐突な呼びかけにふと、我に返る。目の前に見えた顔につい浮かべたのは見知らぬ人に向ける表情で。またたきを一つ、二つ、ようやく焦点のあった姉さんの表情は明るさとは程遠いものだった。  どうやらいつの間にかあたしの勉強部屋に入ってきていたらしいエルサは、机を挟んで真正面からあたしの名前を呼んでいたみたい、何度も。あたしが執務室に向かうことはあっても、エルサがここに立ち入った回数は少ないから、珍しさに一瞬言葉が浮かんでこなかった。 「ど、したの、エルサ」 「だってあなた、いつまで待ってもノックが聞こえないから」  心配になって来ちゃった。幼い妹に対するような理由を述べつつ指すのは柱時計。たしかに、ティータイムはとっくに過ぎていた。勉強に夢中になり過ぎてエルサとのお茶の時間を忘れていたみたい。  あたしが部屋に向かえば手を休めてしまうわけだから当然、公務に遅れが生まれる、エルサも―口には出さなくても―それを嫌がっているものと思っていたけど。子供みたいにふくれた頬を見るにどうやら楽しみにしてくれていたみたいで息を一つ。 「無理。しなくていいのよ」  かけられた言葉に顔を上げれば、変わらず寂しそうな眸に見つめられた。あたしよりも濃い色のそれが揺れる、ともすれば悲しそうに。  考えがすぐ表情に出なくなった。いつでも人懐こい笑顔を浮かべられるようになった。人前では私と言えるようになった。つまみ食いだってしなくなったし、ダンスもスケートも完璧になった。だけどそれは全部、 「私はなによりも、あなたとの時間を大切にしてるから」  全部全部、自分のためだった。エルサの負担を減らせば、仕事をなくすことができれば、あたしとの時間をもっともっと作ってもらえるんじゃないかって。そんな浅ましい願いも想いも丸ごと見透かされていることにばつが悪くなって俯く。  純粋な気持ちからだったらあるいはもっと胸を張れたかもしれないのに。ちゃんと勉強してるのよって。笑い方を忘れずに済んだかもしれないのに。  ふわりと、姉さんのにおいに包まれる。熱くなった目頭を押さえたいのに、こぼしたくないのに、それさえも許してもらえずただ、抱きしめられた。  濡らしていく、姉さんの肩を、腕を。一度伝い落ちると止まらなくなって、それでもなんとか嗚咽だけは堪えた。  ぽんぽん、なんて。小さな子供でもないのに背中を撫でられる。 「急いで大人になろうとしなくていいの。あなたのペースでいいからもう少し、駄々をこねる子供でいてちょうだい。私はもう大人になってしまったから、だから」  融通の利かない大人にもう少し、妹との時間をちょうだい。  もう大人になってしまった姉の願いに、あたしはただ声を上げて泣いた、子供みたいに。 (子供のままでいることは罪ではないのだと、そう、)
 アナちゃんかわいいかわいいキャンペーン第六弾くらい。  2015.7.22