特別な思い出にするの。

 妹のくちびるは大抵チョコレートの味がする。きっとディナーの後にこっそり食べてきたのだろう、夜食だとかなんとかそんなことを理由にして。遅い時間に食べていたら太るわよと何度も忠告してはみたものの、癖が治ることはなく。こうしてわたしも糖分を分けてもらっているのだから、あまり強くは咎められるはずもなく。  上の、それから下のくちびるを順に舌で辿っていく。アナがくすぐったそうに息を洩らした隙に潜り込んだ口の中さえ、まだ甘さを残していて。  とかされていくみたいだった、ほんの少し前にここでかたちをなくしていったチョコレートたちのように、音もなく。それもいいと思った、とけて彼女の一部となれるのならその選択も悪くないと。  ちゅ、と名残惜しくも音を残して、くちびるを離す。幾分紅を散らしたアナが、どこか嬉しそうに目尻を下げていた。 「積極的だね、今日は」  仕掛けてくるのはいつも彼女の方だから、珍しいと言われればそうかもしれない。同じベッドに入って、その日一日の出来事を話して、そうして焦れた子犬のようにくちびるを求めてくるのは毎回アナだったから。  応えようと開きかけたくちびるをそ、と。閉じてしまえばのどまでせり上がってきていた想いもなにもかもを封じ込めることが出来た。これでいい、今日ばかりはお父様の教えに忠実に。  妹に覆い被さったまま、首元に顔を落とす。案外強めに吸わなければ痕が残らないのだと教えてくれたのは紛れもなくこの子だった。だからお構い無しにくちびるを当てて、歯を立てれば身体が僅かに身動いだ。  どうしても残したかった、痕を、記憶を。妹の身体に、感覚に、刻み付けておきたかった。たとえ跡形もなく消えてしまったとしても、触れた熱を思い出すようにと。わたしの体温を忘れてしまわないようにと。 「アナ、」  私のこぼした熱い吐息を、いとおしさだけをこめて呼んだ声を、くちびるの感触も重ねた手のひらも全部全部。妹に刻み付けることで熱情を忘れられる気がしたから。私の中に貯まってこぼれそうになっているこのみにくい想いを移せる気がしたから。  なんて、なんてみにくい。彼女には忘れてほしくないのだと駄々をこねて、そのくせ自分だけはきれいさっぱり忘れてしまおうとするなんて。けれど私にはどうにも耐えられそうになかったから、妹を愛してしまったという禁忌に、愛されてしまったという幸せに。  いっそ命を潰えてしまえたなら楽にもなれたけれど、浅ましい想いを抱えた私はまだ妹の近くにいたいみたいだから。 「すきよ、アナ、あいしてるの」  堪えきれずに洩れたこれを最後にしよう。想いを行為に乗せたら、明日からはまた、普通の姉妹に。 (それがあなたにとってもきっとしあわせだから、)
 これが、最後。  2015.8.2