Your Majesty.
「知っての通り、明晩は五ヶ国を招いての晩餐会を行います」
女王陛下の朗々とした声が会議室に響く。
結わえた三つ編みを固くまとめ上げている姿は戴冠式のそれとそっくりそのままだけれど、城仕えたちの前で堂々と話す様子はあの頃のどこか怯えていた雰囲気とは打って変わっていた。アレンデール国現女王のこの姿を見て、一体誰が、十三年間も部屋に閉じこもっていた少女と同一人物だと思うだろう。誰よりも自国を愛している彼女が、一度は国を捨て自身の殻にこもったと思うだろうか。当事者であるあたしでさえも、あれは夢だったのではないかと記憶を疑うくらいなのに。女王に、姉に、愛を伝えたあの日が。
書類片手に、女王が各人の役割を割り振っていく。
晩餐会、という心躍る名前がついてはいるものの、その実質は自国のアピールであった。突然閉ざされた門、前国王と王妃が逝去してからも姿を見せない王女、国を凍らせた女王──その噂は広く隣国に知れ渡っている。それらマイナスイメージをすべて払拭して、女王は健在であると他国に知らしめるための晩餐会なのだ。失敗は許されない、もちろん、どこかの王子と勢いで結婚すると言い出すなんてことも。
「─…そして王女は、」
氷色の眸があたしに向けられる。妹へのやさしいそれはなく、いまはただ、女王としてのそれを。そうだというのに、ふいに氷色に射抜かれたあたしの心は不覚にも忙しなく跳ねてしまった。まるで以前の、すべてを、唯一の家族さえも拒絶していたあの頃みたいな色をしているから。幼い日のあたたかさを再び与えられたあたしはもう、氷の冷たさを忘れかけてしまっていた。
役割を振り分け終え、全員が起立して会議は終了した。女王が退出するまでは頭を上げないのが儀礼だ、たとえ妹であっても。席を立った女王は皆の後ろを通り扉へと向かっていく。
彼女のすぐ隣で頭を下げるあたしの後ろを抜ける際、花が香るような、嗅ぎ慣れた姉のにおいがする。女王であっても姉であっても変わらないこのにおいに、あたしは戸惑う、後ろを歩いている彼女は果たして女王なのか姉なのか、わからなくなる。
ふ、と。体温のない手が触れてきた。きっと他の者が気付かないほどのたった一瞬、掠めるように、けれど絡め取るみたいにあたしの指に感触を残していく。それは今夜部屋に来てという合図、あたしたちふたりだけが知っているサインだった。それはつまり夜を共にするということ。女王と右腕でも、姉と妹でもなく、ただ恋人同士のようなそれを過ごすという意味。
いつからだろう、彼女があたしの十九の誕生日を祝ってくれた後からな気もするし、国の氷をとかし愛を確かめ合ったあの日からな気もしている。始まりはいつでもよかった、ただ、この関係を誰にも知られないように、気取られないように。この愛は赦されてはいけないから、赦されるはずもないのだから。
あたしが断れば済む話でもあった。女王命令を下されているわけではない、一個人の願いとして申し立てられているだけなのだ。だけど嫌だと拒絶できるわけもない、だってあたしも彼女と同様に、きっとそれ以上に、愛を向けてしまっていたのだから。
くちびるを引き結ぶ。そんなことをしたって、返す言葉は決まっているというのに。
「──Yes, your Majesty.」
(いっそ名前で呼べるだけの関係であればどれほど楽であるか、)
あなたを、あなただけを、あいしてしまったの。
2015.8.2