わがままクイーン。
口の回りがべとべとに汚れていくことさえもう気にならなくなっていた。キャンディーの甘ささえもうわからなくなっていた。つまりあたしはそれだけ一心不乱になってたということ。
「まだかしら、アナ。もう腕が痛いのだけれど」
「あら、下ろしてくれても結構よ」
戯れに落とされた言葉に残り少ない余裕を加えて応えてはみたけれど、顔の見えない姉の楽しそうな笑い声が聞こえるあたりあたしの無我夢中な心はお見通しなんだろう、まったく、意地が悪いことで。
顔が見えたらキスしてあげる―目の前に大きな棒つきキャンディーをかざしたエルサがそう告げたのは何十分前のことだったか。きっと物欲しそうな表情でもしていたんだろう、それもこれも最近くちびるを触れさせてくれない彼女自身のせいだというのに。
姉さんの小さな顔をすっぽりと覆ってしまうほどのキャンディーを食べるなんて一体いつ以来だろうか、覚えてはいないけどとりあえず舌先で触れてみて。ストロベリーの味。姉さんのくちびるはもっとずっと甘いだろうけど。
上の方に舌を這わせて舐め取っていく。唾液で濡れたキャンディーは段々とその身をやわらかくしていくのだけど、姉さんのくちびるはもっとずっとふわふわなんだろうな。
一舐め一舐め、思い出すのはエルサのくちびる。いつしか口回りが汚れるのも厭わず夢中で舌を動かしていた。キャンディーの向こう側にいるはずの姉は時々挑発染みた言葉をかけてくるばかりで手伝ってくれはしない。どうしてと問いただすことさえもどかしいからしないけど。
ふいに、氷色が姿を現した。エルサの眸の色、ずっと焦がれていた氷色。ようやくまみえたそれが笑みのかたちに細められる、誘うように、だけど焦れたように。
「もうおなかいっぱいかしら」
答えなんて最初から知っているくせに語尾を上げて尋ねてくるのだから本当、意地悪な女王さまですこと。
散らばってしまった最後の余裕をかき集めて、向こうからはまだ見えない口元をゆるめてみせる。
「ご存知かしら、あたしが食い意地張ってること」
彼女は答えない。その代わりキャンディーがゆるりと位置を下げて、わがままな女王さまのくちびるがあたしのそれを奪い取っていった。
くちびるはキャンディーよりも甘かった。
(知っていたわ、最初から)
お姉ちゃんだってたまにはわがままになります。
2015.8.22