或いはこの世界でさえも、
火が、迫ってきていた。
違う、私の方から近付いているのだ。自分の意思とは関係なく。立ち止まろうにも手首の枷から伸びた鎖を引っ張られては歩みを止められるはずもなく。抵抗しようにも衆目の多いこの場所で力を使えるはずもなく。
そう、これは夢、最近特によく見る夢だ。
どこぞの国には存在するという魔女裁判にかけられたのであろう私が処刑台へと誘われるだけのそれ。魔法を制御することができない私の当然の末路。
けれど悪夢ではなかった。周囲の攻撃的な眸も、侮蔑の言葉を含んだ怒声も、死に場所へと引っ立てる腕も、轟々と音を立てて燃える炎も。ようやく楽になれるのだと、そればかりが私の心中を占めていた。これでもう誰かを、最愛の妹を傷付けることはなくなるのだ。ばけものである自分を嫌って生きることはなくなるのだ。なんて心地良いのだろう、なんて心が晴れやかなのだろう。
一歩一歩、進む足取りがそのまま天国へのカウントダウンになっているというのに、そうとは誰も思わないほど軽やかであった。
いつのも夢の通りであれば、檀上へと登った私は棒に張りつけられてそのまま火を、
「─…え、」
はず、なのに。いつも同じものしか見せてくれない夢はけれど今日ばかりは姿を変えてしまっていた。
最初からおかしかったのだ、火が、私がいないのに炎がつけられているはずはない、だって燃やす対象がないのだから。ならばなぜ。なぜ、あの燃え盛る火の中に人影が見えるのか。
それまで私へ向けての怒号で溢れていた鼓膜に甲高い叫び声が聞こえる。聞き慣れた、けれど常では聞くことのないそれが。これは、この音は、
「…ア、」
「エルサ!」
ぐらぐらと脳が揺さぶられる。強制的に覚醒させられた視界がせめてもの抵抗に光を拒んだのかと錯覚するほど暗い夜だった。
またたきを一つ、二つ、冷たい感触が頬を伝う。薄暗がりの下、私に覆い被さるストロベリーブロンドが、そこに存在するただ一つの色のように見えた。目覚めたことを確認した妹はほっと息をつく。
「こわい夢、見てたの」
上げられた語尾に首をどちらに振ることもできなくて、私はいま泣いているのかと、彼女の言葉でようやく合点がいった。理解してしまえば支えをなくしてしまったかのように涙がこぼれて落ちて、気付けば声も上げずにただ雫を流していた。
或いはあり得たかもしれない未来に背筋が震える。こわかった、と。そればかりを洩らす私の背を抱いて、子供をあやすみたいにとんとんとリズム良く。きっと彼女は察している、私がどんな夢を見たのか、なにを恐れているのか、
「ねえエルサ。あたしは、たとえどんな結末になったとしても、こうしてまた出逢えたことを後悔したりはしないよ」
どんな言葉を欲しているのかを、良くわかっていた。
きっとこの結末も笑って終われるものではない。心のどこかで知っていながらも、私は言葉に甘えることをやめられなかった。
「あいしてるわ、エルサ」
(あなたを傷付けることを知っていても、)
別の時間軸の夢を見る。
2015.8.24