叶うならばあなたとともに呼吸さえ凍りつかせて。

「ああ、ちょっと待っていてね、アナ」  口調はあくまで軽く。もう少しでディナーの準備が出来るだとか、身支度が整うだとか、そんな風に。  見慣れない紅に染まった手が当てたのは左胸。 「もうすぐ止めるから、ここ」  美しい微笑に悪寒が走り抜ける。こんな穏やかな表情なんて、静かな表情なんて知らない。姉がなにを言っているのか、なにを止めると言っているのかわからない、わかりたくもない。  だけどあたしが理解しようがするまいが関係なしに、エルサはもう片方の手を天井に向ける。釣られて視線を上げれば、いつの間に作り出されていたのか、つららのように垂れ下がった無数の氷の刃が根本からぐらりと揺れた。  姉さんの口元が動く、なにか言葉を紡いで、 「──エルサ、」  名前よりも先に身体が飛び出していたと思う。扉を開けたまま動かなかった足が嘘のように駆け出して、床にぺたりと座っているエルサの元へと向かっていく。  それまで凪いだ海のようだった氷色の眸が見開かれて、頼りなく霞んで、何事か叫んだかと思えば頭を抱えて更にうずくまってしまった。その上から覆い被さるように抱きしめる。  頭の上で響いたなにかが崩れていく音に続いて、細かくなった氷が降り注いできた。エルサを中心に広がっていた氷の床にぱきぱきと亀裂が描かれて、不快なくらいの赤色が後を追っていって。心が不安定なときに現れる色だと知ったのはつい最近のこと。  いつもは綺麗に結われているはずの髪を乱して姉は叫ぶ、流れては凍っていく雫を転がして、どうして、どうしてと。 「私は早く、早くいなくならなくちゃいけないのにっ、」  ともすれば祈りにも似たそれは、あたしの心をも凍らせていくようだった。  彼女は救われていなかった、孤独な女王はまだひとりぼっちの少女のままだった、あたしの愛は届いていなかったのだ。毎晩毎晩、あたしが素敵だと目を輝かせた氷の魔法で自身を貫いて。彼女の願いに反してそれでも鼓動は止まらないみたいで。  大人の姿をした少女は泣き叫ぶ、どうして、どうして、 「どうしてしなせてくれないのよ…っ」  愛を伝える術をもう持たないあたしもまた、ノックを恐れた子供のままなのかもしれない。 (それでも手離すなんて方法をあたしは知らなくて、)
 そうして今日も、どこにあるかもわからない愛をさがして。  2015.8.26