アクセルを踏む。

 まずは肩慣らし。右、左と交互に足を滑らせて、くるりと半回転、後ろ向きに八の字を描いて、上がるスピード、リンクと同じ薄氷色のまっすぐな視線に心が縫い止められる、ふと速度が滑らかになって、膝を曲げる、刹那、 「───っ、」  息を、呑んだ。  綺麗に決まったダブルループに当の本人もガッツポーズ、すぐさま駆け寄ってきて、どうだった、なんて。完璧だったという答え以外あるはずもないのに。率直な感想を伝えれば、やったあと子供みたいに跳ねて、少しばかりバランスを崩す。支えようと手を差し出すもそれが取られることはなくて、膝に手を突きぺろりと舌を出した妹に苦笑を返して、行き場をなくした腕を隠した。  スケートなんてやったことないわ、そう言っていたのもつい一か月ほど前だった気がするのに、元々運動が得意なのか教える間もなくみるみる上達してしまって、いまでは私の助けも必要なくジャンプできるまでになっていた。  大広間を凍り付かせただけの簡易なスケートリンクをのびのびと滑る妹を見ているのももちろん楽しいのだけれど、その手を引けたらどんなに嬉しいか、姉のように振る舞えることがどんなにか喜びか。それくらい我慢できると笑えば嘘になりそうだ。  一応自分もスケート靴を履いてみたけれど、もう必要ないのかもしれない。こっそりと作り出していた氷色のそれをとかそうと手を浮かせて、 「なにしてるのよエルサ、ほら、」  振り下ろすよりも早く、指が絡められた。いままさに魔法を使おうとしていた私の冷たい指が熱に包まれていく感触、不快なんて一切ないやわらかなあたたかさが全身に広がっていく。  引っ張られるままに足を滑らせていけば、併走していた妹が顔を向けて、手持ち無沙汰だった右手も取り去っていく、まるでまともに立つこともできなかった彼女を支えたあの日のように。 「こうしてね、一緒に滑りたかったの」  だからがんばって練習したの、だなんて。一体いつの間に特訓していたというのか、きっと勉強を抜け出してでもいたのだろう、あとで叱っておかなくちゃ。そうは思うものの口元が綻んでいく私は多分、嬉しいのだ、指のあたたかさが、妹の心が。私の手から離れていくのではなく、ともに歩んでいこうとしてくれることがとても。 「それにしてもまだまだね」 「む。どうしてよ」 「踏み込みがなってないもの、あなた」  小さな子供みたいに頬をふくらませた妹に微笑みを一つ、名残惜しくも指をといて、踏み込んだ、姉である私はまだ、彼女の先を滑っていたかったから。 (そうして決まったトリプルアクセルに拍手を送る姿はやっぱり妹のそれで)
 アナちゃんは運動神経いいと思う。  2015.9.15