女王陛下のなつやすみ。
ぬるい風、私の髪をさらっても、湧き上がる熱取り去ることなし。
「…字余りね」
この国のトップである私が陽も高いうちからベッドで横になっているのは、なにも公務が早く終わったからだとか山ほど積まれていた書類が消えただとか、そんな理由ではなかった。
始まりはカイの一言だったかゲルダの叱責からだったかわからないけれど、陛下は働きすぎですとの言葉に周囲の城仕えが同調し、あれよあれよという間に仕事を奪われペンを取られ、気付けば一週間もの休暇を与えられてしまっていたのだ。
季節からして、夏休み、ということになるのだろう。言ってしまえば響きはいいけれど、肝心のすることがなかった。いや、休みというものはなにをするでもなくだらだら過ごすことこそ本分なのかもしれないけれど、普段休み慣れていない私にとって仕事のない時間は手に余るものだった。たまにはゆっくり寝ようかと思っても太陽が顔を覗かせるよりも早く目が覚めてしまったし、早起きしたなら掃除でもと張り切ってはみたもののそもそも片付けるほど散らかってはいなくて、それならばお昼寝よとベッドに寝転がってみても眠気が訪れる気配はなくて。
一日くらいは退屈することなくゆっくり過ごせると思ったのに、その一日目さえこうも暇だとは思わなかった。これだったら溜まりに溜まっている書類でも片付けた方がましだったかもしれない。そこまで考えて、私の身体にはほとほと仕事が染み付いてしまっているのだと、苦笑さえ浮かばなくてごろりと寝返りを打つ。
たとえばアナがいてくれたなら。それこそこうして横になる暇なんてないくらいに遊び回るだろうに、当の妹は珍しくも朝早くから城下へ出かけていってしまったという。子供たちと交流しているのか、それとも最近仲の良いアイス・ハーベスターの家にでも行っているのか。
こんなことなら今日から休みなのだと伝えておけばよかった、きっと城にいるだろうと高を括らず素直に、アナと一緒にいたいのだと、そう。
「…なにしてるのかしら、アナ」
「呼んだ?」
ふいに落ちてきた声とともにひょいと見慣れた顔が覗く。扉に背を向けていたせいか部屋に入って来ていたことにさえ気付かなかった私の身体は大いに跳ね、そんな常にない反応にくすくすと笑いがこぼされた。
またたきを一つ、てっきり城下へ向かったものだと思っていた妹がベッドにちょこんと正座していた。
「あの、あなた、遊びに行っていたはずじゃ、」
「そうなんだけどね、エルサが夏休みだって聞いて、飛んで帰ってきちゃった!」
その言葉を裏付けるみたいに、髪は乱れ肩も僅かに上下しているようだった。ほのかに染まった頬をゆるめ、内緒話をするように顔を近付けてきた妹は笑う、嬉しくて仕方がないといった風に。
「それで、なにして遊ぶ?」
「──…あのねっ、」
それまでなにをして時間を潰そうかと頭を悩ませていた種が一気に消えて、代わりに浮かんだのはどれからしようか、どんなことをアナとしようか、そればかり、まるで幼子みたいに。
けれど考える間もなく口から飛び出したのは昔から変わらないそれ。
「雪だるま、つくりたいの!」
(だって中身はいつまで経っても変わりはしないのだもの)
女王だってたまにはだらだらしたい。
2015.9.16