愛が止まるまでは。

 ひたり、肌が張り付く。ともすればとかされてしまいそうな感触に思わず離れようとする指を抑えた、まだ、もう少し、もっと、触れていたかったから。  頬からあごにかけてをなぞっていく、その指先がおぼつかないのか、それとも彼女自身が震えてしまっているのか、わからないくらいには私の判断力は鈍ってしまっていた。ただただ、彼女が怯えてしまわないか、それだけに気を向けて。 「アナ、」  声が、揺れている。やはり平常でないのは私の方だったのか、そう思ったけれど、目の前の色づいたくちびるが開いて音を発することなく引き結ばれていったから、彼女だって常ではないのだ、きっと。  空いたままの右手をく、と。一度握りこんで、頬に落とす、両側から包み込むように。びくりと身体が反応して、シーツに沈んでいくようにさらに縮こまってしまう。それでも臆せずまっすぐに見上げてくる水を張った薄氷色の眸に微笑みを一つ、いつも通りに作れたはず。 「こわい?」 「…すこし、こわい」  語尾を上げて尋ねれば、夜の気配を壊さないようにそ、と。返された言葉はそれを証明するようにたどたどしくて。  でもね、と気丈にも彼女は続ける、私の手に両手を添えて、薄氷色を閉ざして。 「それ以上に触れてたいの」  もっと、もっとって、身体が求めてるの。  落とされたそれに私もよなんて同調する必要はなかった、きっと伝わっているから、触れ合わせた指先から、流れていく熱から、彼女だけを映した眸から。エルサは、なんて。ようやくまたたいた彼女が問い返してくる、こわくないのかと。  笑みが浮かんでくる、今度こそ自然に。額をくっ付けて、彼女の視界にただ私だけが存在するように。 「──だって、あなたがいるから」  あなたが愛してくれている間は強くあれるから、強くあろうとするから。  ようやく笑みのかたちにゆるんだくちびるに口づけを。 (そう、愛さえあれば、ね)
 あなたの中の私でいさせて。  2015.9.30