きっと、恋だったんだ。

 色とりどりの紙吹雪、方々へ飛んでいく鳥たち、盛大に打ち鳴らされる音楽。すべてがすべて、生まれてはじめて体験するものばかりだった。そして、目の前に佇む純白の彼女も。 「姉さん、」  甘えるようにこぼされたのは昔から変わることのない呼び名、いいえ、少しばかり声が大人びたかもしれない。私を映す眸は雫で濡れている、きっとこれまでのことを思い出しているのだろう。泣くのはまだ早いわよって、さっき言い聞かせたばかりなのに。  紅を引いたくちびるが開く、 「いままでありがとう」  彼女にとっては感謝の、私にとっては別れの言葉を紡いで。  離れてしまった気がした、手が、小さいころはなにをするにしても私の後ろをついて来ていた妹が私を追い越して先に行ってしまったような、そんな感覚。もう伸ばした手が取られることはないのだ、きっと、あの氷をとかした日のように届きはしないのだ。  これで縁が切れてしまうというわけではもちろんない、そんなことはわかっている、呼べばすぐに彼女が寄り添ってくれることくらい。けれどもう、彼女の一番は私ではないのだと、そう突きつけられているようで。  くちびるを噛み締める、涙を流してももう、雫ではないだろうから。 「しあわせに、なるのよ」 「っ、もちろん!」  寂しさを閉じ込めるようにまたたきを一つ、二つ。持ち前の明るさを取り戻した妹は笑った、とてもきれいな表情で。  クリストフに見せてくるわと、元気よく駆けていった彼女を慌てて侍女が追いかけていき、控え室には私ひとり。  そう、ひとり。私は、ひとりぼっちになってしまったのだ、本当に。国から逃げ出したあの夜、一面真っ白な世界に囲まれた時だってひとりになってしまったのだと感じていたけれど、それでも誰かが、たとえば妹が、私を連れ戻しに来てくれるのではと。そんな希望さえ、抱いていたけれど。  目頭がふいに熱を持っていく。ぽろぽろとこぼれていくそれを受け止めようと手のひらで覆ったけれど、落ちていくのは氷のつぶばかり。  凍っていく、なにもかも、私の涙も心でさえも。じわじわと貫かれているみたい、いたい、いたくて仕方がない。  妹には知られないように、こんな愚かな想いが見つかってしまわないようにちゃんと隠し通すから、だからいまだけは、 「──アナ…っ、」 (あなたをすきでいさせて)
 感情の名前を知らないままでいたかったのに。  2015.10.29