赦しなんて求めません、だから、

 ──落ち着いて  こんな時に浮かび上がってくるのは在りし日のお父様の声。落ち着いて、見せないように。言い聞かせられてきた台詞に、隠し通すのだと、新たに課したのは私。お父様やお母様はこの力を制御できると信じていたようだけれど、年を経るにつれ強さが増すばかりだと、自分が一番わかっていた。だから、この秘密は一生、明かさないのだと、妹に、もう誰も傷付けないために。  だというのに私は、 「………っ、」  両親のあたたかな想いを追いやって現れたのはさっき見た光景。感情に伴って表出した力が抑え切れなくなって、その矛先がまた、アナへ。大丈夫だと妹は気丈に振る舞っていたけれど、そんなはずはない、だって十三年前も同じ力で傷付けてしまったのだから。  それにアレンデールも、妹の居場所である故郷までもが雪と氷に閉ざされてしまったのだと、妹は叫んでいた。元に戻せるでしょう、なんて、疑いのない眸がこわかった。私にはなにもできないのに、この忌むべき能力しか持っていない私はただ、誰かに害を与えてしまうだけなのに。  一緒に帰ろうと歌うように口にした妹の音が離れない。両親の言いつけを破った私が一体どんな顔をして帰ればいいのか、ばけものである私の居場所なんてもうどこにもないのに、どうしてわざわざこんな山の上にまで訪れたのか、どうして。  氷の城がその色を変えていく。恐れの色、それはまるで、私の心をそのまま映しているように。  なら、私がいなくなってしまえばいい。元に戻すことができないのなら、力を抑えることができないのなら、私自身を消してしまえばいい、この場所から、妹のいるこの世界から。  からり。どこからともなく現れた氷の棘が足元に転がってくる。なんの躊躇いもなくそれを掴んで、胸の前で構えて。未練などない、怖くなどない、もう、あの子の涙に濡れた声を聴きたくないから、 「っ、なん、で、」  けれどもまっすぐ刺したはずの棘がなにかに阻まれ粉々に砕けていく。見れば切っ先が触れた場所には、雪の結晶を模した氷が花開いて、そして役目を終えたようにはらはらととけていった。自ら命を落とそうとしたのに、力はそれを許してくれなかったというのか。どうして、どうして、 「しなせてくれないのよ…っ」  私を助けた氷たちはけれど響いた問いには答えてくれなくて。床についた膝から凍てついた感覚を伝えてくるばかり。少しも寒くはない、だってもう随分前から、感じることを忘れてしまったから。  いっそこのまま氷と一体化してしまえたらどんなにか楽だろうかと願うのに、それさえきっと叶えてはくれないのだろう。どこまでも私に無情なこの力は、心にわずかに残っていたぬくもりさえ奪い去ってしまうのだから。  そうしてひとり、なにも考えたくなくてただ色を、感情を失っていく壁を見つめていると、かたかた、震えた音。擦れ合うようなその音たちは確かに、なにかを伝えようとしていて。  侵入者だと、悟った、誰かがこの城に近付いているのだと。もしや妹が引き返してきたのではと思ったけれど、それとは違う、もっと大勢いるようで。  ああ、きっと私を狙って来たんだ。なぜだか確信に触れた想いに呼応するように、唸り声は近く、近く。  その人たちこそが私に救いを与えてくれるのか、それさえもわからなくて。 (いっそ罰を下すのなら早く、早く)
 本編リプライズ後〜ハンスが氷の城にやって来るまで。  2015.11.26