愛から目を背けたのは誰であろう私でした。
閉ざしたのは私、殻を作り出したのは私自身だというのに、それでもぬくもりを焦がれる心がいつの間にか生まれてしまっていたのだろうか。
「─…おか、さ、ま、」
でなければこんな幻なんて見てしまうはずがないのに。
思わず舌に乗せてしまった呼称を隠すべく口に手を当てるも、宛先であるその人はまぶたを開く気配を見せない。たしかに実体を持ったお母さまは膝を床につけ、ベッドに上体を倒す形で眠っているようだった。
扉越しにおやすみなさいと挨拶を交わして、それでもいつも通り眠れず月が窓から姿を消すまで、妹は無事夢の世界へ旅立てているだろうかと、どうかなににもうなされることなく眠れていますようにと、私が願っても仕方のないことを反復してそうして、明日こそはこの忌まわしき力が制御できますようにと。もはや薄っぺらい希望で上塗りしただけのそれを唱えたところまでは覚えている。つまりはそれまでこの部屋には私しかいなかったはずなのに。
一日一度、両親と共にする食事を摂らなくなったのは私。家族にさえ扉を閉ざしたのは私。ひとりきりを選んだのは私。だというのに一体どうして。
ふ、と。覚えのある感触に視線を下げて、目についた光景に血の気が引いていく音がした。部屋の気温が徐々に崩れていく気配に振りほどいてしまいたかった、手を、握りしめられていたから、外すことのない手袋を取りさらわれて、両手で、お母さまが。
記憶にあるお母さまの指は白くてまっすぐで、お父さまとお揃いの指輪に飾られるまでもなく美しかったはずなのに。凍傷でも起こしているのかかわいそうなくらい赤く腫れ上がってしまっていた、私のせいで、この力のせいで。
この状態を見るに今日が初めてでないことは明らかだった。だって私は覚えていたから、このぬくもりを、胸に広がっていく恐怖とは違う感情を。私が眠っている間にきっとこうして何度も何度も、あたたかさを与えてくれていたのだ、体温を持たない手にぬくもりを分けてくれようとしたのだ、自分の身体さえ顧みずに。
離してしまわなければいけないのに、お母さまを想えばこそ引き剥がしてしまわなければならないのに、どうしたって行動に移すことはできなかった。ここで振り払ってしまえば、もう二度と、触れられない気がしたから。この胸にある感情の名前を見つけられないままになってしまうから。
世界が水で満たされていく、なんて身勝手な想い、泣くべきは私ではないというのに。
感情の昂りに、けれど雪が降ることはなかった。
(その名前を知ることができたのならきっと過ちを犯さずに済んだのに、)
エルサ(16)、ひとりきりでなかったとある一夜。
2015.12.16