拝啓、ファンタジーに寄せて。
それまで張り付けていた表情が消えていく音が自分にさえ聞こえてきた。
いいえ、嘘偽りの笑顔だったわけではない、むしろ顔を輝かせた人々と出会えたことに高揚さえ感じていた。けれどもそれらすべての気分を台無しにしてしまう原因といえば、
「──いやあ、とても盛大なパレードだったね」
フロートを降りた私に、つかつかと靴音を響かせ向かって来たその男など、顔を確認せずとも正体はわかっていた。アナの親しい友人でも、もちろんあの陽気な雪だるまであるはずもない。爽やかすぎるその声はけれど私に不快さしか運んでこなかった。
振り返りたくもなかったのにわざわざ目の前に姿を現したのは、誰であろうこの国を追われたはずのサザンアイルズ元第十三王子その人だった。
「今日はお招き頂きありがとう、本当に感謝しているよ」
「…別にわたしが招待状をしたためたわけじゃないわ」
本来ならば彼が、アレンデールの主催するパレードに参加できるはずもなかった。けれど彼だって国が危機に晒された時―つまり私の魔法のせいでアレンデールが雪と氷に閉ざされたあの日―尽力してくれたのだと、もう許してあげようと言葉添えしてきたのはアナ。
その件に関しては私がとやかく言えることではない。そうでなくてもかわいい妹の申し入れを無下にすることなんてできるはずもなく、パレード期間中だけは一時的に特赦してもらえないかと、サザンアイルズ王に書状をしたためたのだ。まさか受け入れられるとは予想していなかったけれど、息子に関して特になんの興味も抱いていないらしい国王は二つ返事と共に十三番目の息子を送り付けてきた。
どこまでも心優しいアナは、彼の自国での扱いに同情し過去のすべてを水に流したみたいだけれど、私は口先の言葉に惑わされたりなどしない。よく回る舌だということは、すでに妹から聞き及んでいたことだったから。その妹はまんまと騙されてしまっているようだけれど。
「しかし凄い盛り上がり様だったね。まさかこの僕にまで声援が送られるだなんて」
「きっとあなたが罪人だってことを知らないのね、かわいそうに」
「むしろ君の方が罪人に見えたよ。最後まで繋がれていたままで…かわいそうに」
「あなたに憐れまれるとは堕ちたものね」
本気で同情しているように見せ、その実嘲笑している含みに苛立ちが募る。
どうしてこの男はこう、私の精神を逆撫でする技術に長けているのだろう。そもそもなぜ彼は、片や一国の女王、片や王位剥奪された王子という身分差があるというのに敬語も付けず馴れ馴れしくも話しかけてきているのだろうか。
いっそ凍らせてしまおうかとの考えが一瞬ならずと過ぎったものの、あの誰にでも慈愛を向ける妹が悲しんでしまうだろうから止めておいた。慈悲深いアナに感謝することね、なんて思いはきっと彼には届かないのだろう。
これ以上この場所に留まっていても鬱憤が溜まるばかり、早くいとしい妹の元へ行こう。そうして踵を返した私の背中にふと、彼の声が降ってくる。
「このイベントが終わってしまった時。僕はどうなるんだい」
「あなたの大好きなお父様の元へ送り返して差し上げますわ」
「…そうか」
精一杯の皮肉を込めて返した言葉にけれど相応の返答が来ることはなくて。
拍子抜けして落ちる肩など気にも留めた風もなく、彼はふいに俯いた。見えた横顔が、いままで嫌味なほど明るかった笑顔に変わり寂しさを孕んでいるように映ったのは気のせいだろうか。
そのまま残していってもよかったのだけれど、まだ人の心を捨てたわけではない足が動きを止めてしまっていた。
「…来年にも、同じようなパレードを行う予定なの」
「きっと今のように、みんなが笑顔になってしまうようなものなんだろうな、応援するよ」
やけにしおらしい王子だった人にかける憐れみが存在していたなんて、自分でも驚きだった。
「―…あなたにも参加してほしいと。…アナが」
「…え、」
「サザンアイルズとアレンデールを行き来するのは面倒だろうから、一年間だけ、この国に滞在しないか、とも」
「し、しかしそれは父上が、」
「国王には私が許可を頂きましょう」
しばし間抜けな顔で呆けていた彼はけれど安堵を表情に乗せ、ありがとう、と。恐らく心からの感謝であろうそれに少し、本当に少しだけ、心が揺れてしまった。彼の、十三番目の息子という境遇に。実の父親から一度も顧みられたことのない男の心境に。ひとりぼっちの寂しさは、誰よりも私たち姉妹が一番知っていたから。
ため息を一つ。足を反転させ再び歩み出す。情けをかけるのはこれで最後にしよう、けれど以前よりは少し、ほんの少しだけ、やわらかに接してあげようとは、思う、思うだけ。
「しっかし、君ほど高嶺の花という言葉が似合う女性はいないね。なにせあんな高い場所でたったひとりきりなんだから」
「いますぐ国に送り返してあげましょうか」
「おや、アレンデールの女王はすぐ自身の言葉を翻すのかい?」
「…やっぱり、あなたなんて大嫌いよ」
訂正。こんな男なんてさっさと凍ってしまえばいいのだ。
(私の方が先に凍りついてしまいそうだわ、こんな男とあと二ヶ月も一緒だなんて)
フロファンのハンスがイケメンすぎてちょっと悔しい。
2016.1.11