耳をすませば、
それは、ともすれば姿かたちも見たことのない神さまのようにも見えた。あるいは民衆を導く女神、あるいはあたしの古い友人でもある戦乙女。つまりはとても眩しく、そしてとても遠い存在のように思えて。
杖に見立てた棒にひたと触れる、その仕草さえ気高さにあふれている。眸を閉ざし、息を吸い込んで。そうして紡がれるのは彼女自身の自由の唄。きっと最初に言葉にした時とは違った感情を音に乗せて、あたしの元にまで届いてくる。だけど知っていた、喜びに満ちた旋律にあたしは含まれていないのだろうことに。ちくちくと刺してくるものの正体は知らないふりを続けるしかなかった。
「アナ。…アナっ」
一瞬。心地よさそうに歌い上げているその人に呼ばれたのかと錯覚したけれど、それにしては甘さに欠ける声にそんなはずはないわと首を振る代わりに振り返った。思った通り、口を真一文字に引っ張ったアイスハーベスターが少しばかり身体をこちらに寄せてきている。
「え、ああ、なに、クリストフ」
「なに、じゃないだろ。さっきから後ろばっかり見てるじゃないか」
ぐいと腕を回され肩がぶつかる。初めこそ隣合わせのこの距離に頬を染めて顔まで逸らしていた純真な彼だけれど、そんなことではパレードをする意味がないでしょうというエルサの一声の下、練習という名の特訓を重ねていくうちに大分慣れたみたいで、いまでは自ら肩を組むまでに成長を遂げていた。
クリストフに倣って沿道の人たちに笑顔を送るけれど、視線はつい、後方、孤高の女王の下へと飛んでしまう。
エルサはなんとも思ってくれないのかしら――ここ数日間、浮かぶことといえばそればかり。かわいい妹が異性とこんなに距離を詰めていることに、姉妹が隣同士でないことに、あたしの視界に姉さんがいないことに。告げればきっと、これも仕事の一つだから、だなんて笑われてしまうだろうからのどの奥に閉じ込めたまま。そうしていつだか感じた寂しさが幾重にも積もっていく。
ふ、と。視界に映り込んだ白に視線を上げてみれば、降り落ちる冷たさが額に触れて消えた。快晴のただ中に数を増やしていくそれの正体は、誰であろうあたしの姉が作り出したものに他ならない。
想いをぐ、と閉じ込める。こんなにもおめでたい場で自分勝手に振る舞えるはずもないんだから。でも一つだけ、たった一つだけでもわがままを口にしてもいいのなら。
「──うわあ、こんなに雪が降るなんて…!」
どうかこの声が、いとしい姉さんに届きますように。
(歌うようなその音に、誰よりも孤高のその人が耳を傾けていると知るのは、もう少し先のお話)
フロファン中のアナちゃんはきっとこんな感じ。
2016.1.13