good girlに別れを告げて。
女王陛下の一日は長い。早起きな鳥が朝を告げるよりも先にベッドを抜け、短針が二回りしたころにようやく自室に戻るなんてこともしばしば。そうして今日も例に漏れず、太陽が姿を隠して随分と経ったころに扉がノックされた。甘えるような調子のそれはあたしが紡いでいたリズムと同じ。沈みかけていた意識が引き上げられ、いいよと、口が反射的に答えていた。
控えめに開いた扉の隙間からするりと影が侵入してくる。ひたひた、足音を忍ばせて近付いてきた姉の眉を寄せた表情が明かりに照らされた。
「ごめんなさい、寝ていたかしら」
「ううん、起きてた。こんな時間までお仕事?」
「…ええ」
嘘を少しだけ。問いかけが自然、責めるみたいに響いてしまった。
多忙な女王さまの睡眠時間が日に日に短くなっていることは周知の事実だった。少しでも負担を減らそうと、社交関係は引き受けているのに、それでも公務を平等に振り分けるなんてことはできなくて。ひとりで背負い込んでなんでもないと笑ってしまう姉が恨めしかった、そんな姉の役に立てない自分は、もっと。
微笑もうとしたのだろうか、けれど失敗して、泣き出す直前みたいにくしゃり、氷色の眸が歪んだ。
「─…おいで」
ベッドの縁に腰かけて、両手を広げる。いつもだったら迷う仕草を見せるのに、今夜ばかりはまっすぐ飛び込んできた。膝を突いておなかに顔をすり寄せてくる。まるで子供みたいなその姿に、まさかこれ以上言葉を募ろうなんて気持ちが湧くはずもなかった。
頭を撫でて、透き通った髪の感触をたしかめる。どこまでも乱れのないそれに息をついて一瞬、くしゃくしゃとでたらめにかき混ぜた。こうすればもう、今日はどこにも行くことができないから。
「ちょっと、ね、今日は疲れちゃった」
「がんばったね、もう休もうか」
「…うん」
珍しく素直に頷いてくれたものだから、いい子ね、と。普段自身にかけられている言葉を落とした。姉さんのいい子はこれでおしまい。
一緒に背負うことができないのならせめて、甘えてほしかったから。あたしの傍だけでも肩の荷を下ろしていてほしかったから。今夜はせめて陽が昇るまで眠れますように、願いをこめて、乱した髪にくちびるを触れさせた。
(きっとあたしのわがままでもあるんだろうけど、)
いい子でいなくたっていいんです。
2016.1.16