ひとりぼっちの女王さま。
私には妹がいた。同じ血を受け継いでいるはずなのに私よりも明るくて、無邪気で、そして私にいつだって笑顔とぬくもりをくれる。太陽みたいな存在だと、幼い日の私は例えた、なによりもあたたかいものだと。
「─…ねえ、あなたは、信じるかしら」
ふ、と。頬杖を突いたまま視線を上げる。巨体を揺らして振り返ったその雪だるま─見た目にそぐわないその表現が正しいのかどうかはわからないけれど─が、わずかに身を屈め頭を傾げる。
夏が好きな雪だるまと比べ表情も乏しく口も利けない彼とコミュニケーションを取ることに最初こそ苦労したものの、いまではなんとなく感情を察することができるようになっていた。
「アナは、もしかしたらもう存在していないかもしれない。…なんて、言ったら」
純粋な疑問符を浮かべる彼に尋ねても仕方のないことなのかもしれない、こんなこと。
こうして自身の作り出した城の玉座にただひとりきりで座っていると、それはいつも襲ってくる。十三年前のあの夜、頭に氷を当ててしまったあの瞬間に妹は呼吸さえ凍らせてしまったのではないかと。これまでのことはすべて、自分に都合の良いように作り出した幻なのではないかと。そうでも考えないと説明がつかない。十三年も離れていた姉をなぜ想い続けることができるのか、ばけもののような力を見せつけられてどうして連れ戻すことができるのか。現実に絶望した幼き日の私が妹の虚像に縋ったのではないかと思わずにはいられなかった。
眸を、閉ざす。残酷ないまを突き付けられるくらいならいっそここで、ひとりきりのままで永遠に命を潰やしてしまいたかった。
「──なに馬鹿なこと言ってるのよ」
ひとりきりであるはずの城に、私以外の声が響いた。
まぶたを押し開ければ、拗ねたように口を尖らせたその人に視線を囚われる。またたきを一つ、二つ、それでも姿がかき消えてしまうなんてことはなくて。淡い日光を受けて輝く黄金色の三つ編みも、私を映す薄氷色の眸も、たしかに目の前にあるように見えた。
「…それなら夢かしら」
「夢の住人に足があると思って?」
「それは幽霊よ、アナ」
おどけて足を持ち上げてみせた妹はむうと唸って、それからおもむろに頬を包み込んできた。ぬくもりだって本当に触れているみたいに感じる。
くちびるが、触れる、ぬくもりを移すように、存在を主張するように。わずかな触れ合いの後に離れた彼女は額をこつりと合わせ、しかめ面をそのままに見つめてくる。また、次はわざと音を残して口づけて。三度目は深く、歯列をなぞっていくように。
「夢じゃないってわかるまでやめてあげないから」
子供みたいにふて腐れた妹のくちびるを、今度は自分から求めた、実像を確かめたくて。大きな雪だるまはそんな私たちを微笑みのようなそれを浮かべて見つめていた。
(見えないものよりもいまはたしかなかたちがほしかったから)
しあわせな夢の続きを。
2016.1.16