たとえば恋に落ちた瞬間。

「………っ、」  どちらの叫びか、お互いにわかっていなかった。目の前の相手か、それとも自分自身か。そもそもどちらのものであるかなんてこの際重要ではなかったから。  言葉のかたちを成すことができなくてとりあえず指を口元に運べば、仰向けに倒れた妹も鏡みたいに同じ行動を取っていた。やわらかなくちびるは確かに自分のもの、けれどついさっき当たった、私よりも弾力に富んだその感触は残ったまま。くちびるをつと、なぞって。触れたのだ、ここに、彼女の薄桃色のそれが、 「あ、あのっ、」 「え、は、はいっ」  胸元で両手を握りしめ眸をぎゅっと閉ざした妹のやけに畏まった口調に、こちらも思わず敬語で返す。姉の姿を映してくれない薄氷色の眸に、胸が締め付けられた。  事故、だったのだ、完全に。とうに慣れたはずのヒールでまさかつまづいてしまうだなんて。普段であれば体勢を崩すのは踊るように走るアナであるはずなのに。揺らいだ妹をいつものように支えて、少しは落ち着きなさいなんて小言の一つも挟むのは私であるはずなのに。  傾いだ世界に受け身を取ることもできず結果、何事かと振り向いた妹に倒れ込むかたちになってしまった。それでもなんとか怪我だけはさすまいと、ほとんど反射的に右手がアナの頭を抱えて、もう片方を床につけて。  そうして、重なったのだ、互いのくちびるが。  不快だったのだ、きっと。家族としての口づけなんてもう数えきれないほど送ってきたけれど、着地点が頬である場合の話。今回は、あろうことかくちびるを奪ってしまったのだ、妹の大切なくちびるを。嫌いになってしまったのだ、きっと。  触れ合っていたはずのくちびるが開く、続く言葉を聞きたくなくて私はまぶたを閉ざす。 「──もう一回、しても、いいでしょう、か」  けれどそれは想像とはかけ離れたもの。  意味がうまく汲み取れなくて思わず眸を開いてみれば、頬を紅に侵食された妹がそれでも薄氷色の眸にしっかりと私を映していた。視線が重なってわずかに泳いだものの、怯えたように、ねだるみたいに、また見上げてくる。 「…もう一回、しても、いいかな」 「…なにを」 「その。さっきの、ええと、…キス、を」  あるいはもしかすると、彼女も私と同じ気持ちを抱いているのかもしれない。くちびるが触れた瞬間に感じた高鳴りを乞うているのかもしれない。そんな浅はかな希望は、妹の眸に肯定された。  自身の胸元で握りしめていた左手を伸ばして、そ、と。親指でアナのくちびるをなぞり、あごに添える。  両親でさえ触れたことのない場所に口づけることへの背徳心よりもいまは、さっき走った衝撃をもう一度追いかけたかった。たとえばどの恋物語にだって登場するような、運命の人と巡り合った時の衝動を。 「私も、ね、したいの、──アナと」  紡いだ名前は、重ねたくちびるに呑み込ませた。ときめきがまた、駆け抜けた。 (衝撃の名前はまだ、知らない)
 事故ちゅー。  2016.2.3