凍ったのはきっとあなたの眸。
色の中心にはいつだってあなたがいた。
「見て、エルサ! きれいでしょ!」
振り返った妹が両手を広げてみせる、その様がまるで大きな花束を抱えているようで自然、微笑みが頬にのぼった。自分で種から育てたのだと、誇らしげに胸を張った彼女は言う。この色たちを見せたかったのだと、誰よりも私に見てほしかったのだと。
とてもきれいね、と。素直に浮かんだ感想は、久しぶりに妹と対面したあの夜と同じくひどくそっけないものになってしまった。けれどこれが私の本音。きれいだと、感じたのだ。それ以外に言葉が口を突いてくるはずもなかったのだ。どれだけ尽くそうと、私が知っている語彙では到底表しきれるはずもなくて。色とりどりの花の美しさを、それを見せてくれようとただ一心に励んだ彼女の心を。
どうやら妹も私の不器用な感想を汲み取ってくれたようで、満面の笑みを一つ、花の説明を一本一本丁寧に施してくれる。きっと事前に調べて暗記してきたのだろう、得意そうな表情に、口元は綻ぶばかり。
けれど、ふ、と。言葉を止めた妹につられ視線を送ってみれば、ただ一つ顔を下げた花に出会った。
「…枯れかけてるわ」
彼女の言う通り、茶色く濁った葉に低く垂れた花はすぐにでもその色を失ってしまいそうだった。これが満開のバラであったなら、すべてが完璧だったのに。沈んだ妹の表情にはそう書いてあった。
その場にしゃがみ込み、花と視線を合わせる。手をかざして、その前に育てた主を仰ぎ見る。凍らせたらこれ以上枯れることはないわよ──提案に、きっと頷いてくれると思っていた。こんなに素晴らしい色を見せてくれた彼女を少しでも笑顔にしたくて。
ほのかに冷気が漂い始めた手のひらを見つめ、それから私を眸に映して、いいえと、妹は首を振る。
「ちゃんと生きさせてあげたいの」
ほんのわずかな傷はどこかへ追いやって、妹は笑う、まっすぐなそれで。
凍らせて仮初めの命を与えるよりも、短い期間で華やぎそして枯れていく一生を全うさせてあげたいのだと。それが一番、美しい姿なのだと、目の前で純粋に微笑む妹は紡ぐ、それが生命のあるべき姿だと言わんばかりに。
そうして再び花へと興味を向けた彼女についていくことが、できなかった。
時間が止まってしまったのはいつのことだろう、もう随分と前だった気もするし、つい最近だった覚えもする。時間の間隔があやふやなのはきっと、目を逸らしているから、私も、妹も。失った時の流れもいつか戻るはずだと、さっきみたいに暗に含ませて。妹は愚かにも妄信していた、私が他の大勢の人間と同じように年齢を重ねることを、呪われた氷がとけることを。
無情にも時は流れ、幼さが残っていた妹はいまや美しい女性となり、一方私はあの夜となんら変わらない姿かたちをしているというのに。これから先もずっと、取り残されるだけの未来しか見えないというのに。その私でさえ、愚かに成り果てていた、妹の傷付いた表情はもう、見たくないから。
真実に蓋をして、雑に塗りたくられた色を信じる。簡単なようで、けれど難関なそれを彼女はいともたやすく行ってしまうのだ。だからこそ信じかけてしまう、彼女が作り上げた空間に安住してしまう。
頭を垂れたバラを手折り、そ、と。意識を集中させれば、見る間に凍てついてしまった。
「ねえエルサ、次はなにが見たい?」
くるりと振り返った彼女の視線から逃れたくて、後ろ手に花を隠す。
私と彼女の時が重なる瞬間はもう永久に来ないとわかっていながら、微笑んだ、花はとけなかった。
(まるで私みたいに、永遠に)
たとえば私もちゃんと生きられたらと。
2016.3.8