愛という名を知りました。
世界を、閉ざす。
以前は、つまり戴冠式が執り行われたあの日までは、こうして眸を隠せばいつも浮かんでいた光景。一日だって忘れたことのない夜。幼い私の指先から飛び出した魔法が、自分よりもうんと小さな妹の頭に──それ以上は息が止まってしまいそうになるからとまぶたをこじ開けて、それでも変わるはずのない現実を対面しなければならなくて。
思い出の中の妹は五歳のまま成長をやめていた、だって彼女は扉を隔てて外側の世界で生きていたのだから。まともに顔を合わせることもなく、ただリズミカルに洩れ聞こえる誘い文句に耳を澄ませて。
私が返事を口にしたことは、なかった、拒絶を一度だけ。言葉を発してしまえばなにもかもを打ち明けてしまいそうだったから、人とは違う忌むべき力を、私の抱えた罪の話を。
扉の向こうに心までをも押し隠したのもすべては妹を想ってのことだったのに結局、ひとりぼっちにさせてしまっただけだった、妹を、そして私自身を。心にいつもあった感情が見えないふりをして、気付かないふりをして、私はまた、
「──エルサ!」
声が、差し伸べられた。
引き上げられた眸に映ったのは五歳の小さな妹の姿ではなくて。
「ごめんなさい、少し、緊張していて」
「まだ、人前に出るのがこわい?」
きっとうまく笑えなかったのだろう、語尾を上げて渡された問いにはほんの少し、窺うようなそれが含まれていた。まだ手が震えてしまうのかと、恐れてしまうのかと、そう尋ねているのだ。
左手をかざす、海の色をした手袋はもう、見えない。
「…いいえ、」
そのまま目の前で組まれた指先を掴んだ。私にはないぬくもりが伝わってきて自然、頬に微笑みがのぼってくる、今度はきっと、うまく笑えた。
以前の、つまり幼いあの夜のまま扉の前で膝を抱えていた私はもうどこにもいないから。いつだって傍にあった感情の名前を、在処を、教えてもらったから。
「──だって、アナがいるんだもの」
世界を、閉ざす。
まぶたの裏に浮かぶのは、可憐に成長した妹の姿だった。
(だって私たちはもう、ひとりぼっちではないんだもの)
アナ雪日本公開二周年おめでとうございます。
2016.3.14