“わたし”が歪む様を、見たかっただけだった。
「んぁ…っ、は、」
わたしと同じ顔が美しく乱れていく。瓜二つのそれに、美しい、なんて言うのも気が引けるけれど。それでも表すべき言葉は一つしか思い付かなかった。
シーツに広がる髪も、目尻に浮かんだ雫も、揺れる眸もなにもかも、いとおしくて仕方がなかった。
指を更に沈み込ませる。ひゅ、と息を呑む喉。やめてと、小さく拒絶を示す声。それとは相反して指を包み込む襞は、やさしく奥へと導いてくれる。あなたは最奥をかき乱されるのが好きだものね、知ってるのよ、だってわたしと同じだから。
「ヨセフカ」
名前を、一つ。響きだけがわたしと異なる。
わたしをそっくりそのまま映した姉は、潤む眸をゆるりと向けてきた。
ああもう、そんな表情を見せつけられたらもっともっと泣かせたくなるじゃない、なんて。なんて身勝手な想い。分かっていながらも、衝動を抑えることなんて出来るはずもなくて。
ぐちゃぐちゃと音を立てて責め立てる、わたし以外のなにも考えられないように、わたしのことだけを想ってくれるように、わたししか見えないように。どうかどうかと、ひそやかな願いをこめて。
「ねえ、ヨセフカ」
眸がまたたく、雫がこぼれ落ちていく。
なにもかも同じで、なにもかも違う。だからこそわたしは、あなたを手に入れたくて。
「──あいしてるわ」
(想っているの、あなたのことだけを)
2017.3.14
あら、どうしてそんな顔してるの。
…最近疲れやすい、ですって? 年齢かも、だなんて。それはわたしに喧嘩を売ってるのかしら。
…ふふ、うそよ、そんなに慌てなくても。エルサとアナがあんなに大きくなったんですもの、わたしたちが年を取るのも仕方ないわよ。
…ほんとにお疲れなのね、すごくこってるわよ、ここ。
気持ちいい? それは嬉しいお言葉だけれど、気持ちよすぎてそのまま眠ってもらっても困るわ、だってさみしいもの。それとも、もうわたしとしてくれないのかしら、夜更かし。
…ただの夜更かしなのに、どうしてそう急いで身体を起こすのよ。ふふっ、お疲れなんじゃないの? 明日、早起きなんでしょう?
…もう、仕方ないわね。誘ったのは君の方、なんて言い訳は聞きませんからね。
(いつまで経っても仲良し夫妻)
2017.4.25
まるで小さな子供みたい。このだっこの体制も、だっこされている理由も。
「それで、どこに行きたいんだい?」
だというのに、わたしを腕に座らせるような格好で抱き上げている夫は、どこか楽しそうに尋ねてくる。微笑ましそうな城仕えたちの視線に気付いていないはずないのに。
「…人目のないところ」
わたしばかり恥ずかしくて思わず彼の肩に顔を押し付ければ、途端にスピードを上げ、やがてやわらかなシーツに横たえられた。
「望んだのは君だよ、女王様」
(失言に気付くには遅くて、)
2017.5.15
端的に言って、最高だ。
「なにが最高なものですか」
すかさず言い返してきた妻の目元は赤く染まっている。
きっと私が深く眠っている間、夜も構わず涙を流してくれていたのだろう。なんと喜ばしいことだ。
「呑気なこと言わないでください。本当に危なかったんですから」
またじわじわと雫が浮かんできているのだから、よっぽど心配してくれているのだろう。
「当たり前です、ばか」
ああ、ばかだよ、君に心配されて嬉しいなんて。
(ただの寝不足だといつ打ち明けよう)
2017.5.15
まるで氷のようだった。
「さわらないで…っ」
恐怖にあふれた娘の声が胸に刺さる。
腕が払われると同時、表出した雪の結晶たちが瞬時に氷、エルサの周囲を覆ってしまう。
それ以上近付けなくなってしまった私たちを、涙を溜めた眸で見つめ返してくる。
先ほどまで私が触れていた右手を握りしめ、ぎゅっと胸に抱えて、
「傷つけたくないの、もう、だれも」
氷をとかす術を、涙を止める言葉を、私たちはまだ、知らなくて。
(娘が親を拒んだ日)
2017.5.15
誰かと住む、なんて、不思議な感覚。
もちろんいままでだって、夫や娘と一緒に暮らしてはいたけれど。それでもどうにもまだ、信じられなくて。
「…っと。これで最後ですね」
段ボールを運び終えたテレーズが腕まくりを解きながら笑う。
──他の誰でもない、彼女と生活を共にできるという現実が、まるで夢みたいで。
彼女への最初のおはようも、最後のおやすみも全部、わたしが贈れるというわけで。
「テレーズ、」
呼び止めれば、目の前のえくぼが深まる。
「―…おかえりなさい」
(そうしてわたしたちふたりの日々を、)
2017.5.15
背骨を辿る感覚に、腰が甘く痺れていく。一つ、二つと椎骨を数えるみたいにゆっくりと、指先が下へと這っていって。
「好きよ、あなたの骨格」
「…私と同じものを持ってるくせに」
「快楽に歪む自分の顔なんて、見たくないじゃない」
私とそっくりそのままの顔を持つ妹はそうしてまた、背中を撫でる。
震える私をくすくす声を上げて見つめ、ふと、舌で触れてくる。
「ほんと、好きよ」
いつもは好意なんて口にしないくせに、
「──たべちゃいたいくらい」
(歪んでいるのは、彼女だって、)
2017.5.15
罪なんて、最初からないのに、どこにも。
「テレーズ、」
夜と朝の狭間、熱に浮かされた彼女はいつもその深緑の眸を潤ませる。雫を溜め、わたしの頬に指を伸ばし、ゆるして、と。
「わたしの罪を、どうか」
ぽろぽろ落ちていく涙を、言葉を。止める術など持ち合わせていないわたしはただ、熱とは裏腹に冷えていこうとする指先を握りしめるばかり。
「ゆるします、ゆるしますから、だから、」
(だからどうか、あなたをあいしてしまったわたしをゆるして)
2017.5.15
慣れないその姿に思わず、視線が縫い止められてしまっていた。
「どうしたのテレーズ、そんなところで」
「キャロルこそどうしたんですか、その眼鏡」
ようやく疑問を取り出せば、ああこれ、と自身の黒縁眼鏡を指し、悪戯に微笑む。
「見惚れたの?」
そうしてくちびるをさらうように口づけきた彼女に、頬をふくらませてみせた。
「…たしかに見惚れてましたけど、」
キスがしづらいです。そう答える前に、眼鏡を取り去った彼女が口づけをもう一度。
(眼鏡をかけても美しいキャロルのお話)
2017.5.15
眼鏡眼鏡と、まるでコメディみたいに探す彼女の姿に思わず頬をゆるめてしまった。
「ああ、ルーニー、私の眼鏡どこかで見なかったかしら」
「わたしの目の前にありますよ」
笑いをこらえつつ彼女の頭を指せば、そういえばといった風に手に取り、あるべき位置に戻すその様子もおかしくて。誰からの憧れの対象である人の、なんともかわいらしい姿を見れることが嬉しくて。
「ルーニーがいないとまるでだめね、私」
(眼鏡けとさまとるに)
2017.5.15