戯れに噛まれた鼻をさする。わずか先の水面色がいたずらに笑む。夜の始まりに、私の頬も綻ばずにはいられなかった。 「どうされたいんだい、イデュナ」 「あら、口にしなきゃわかりません?」  おねだりの術を覚えた彼女に敵うはずもない。 (いつの間に覚えたんだか)  2016.1.1
 あなたはよく、名前をねだる。  なにも用事がなくても、どんなに離れていようと、声が聞きたいのだと、そう言って。 「えりち、」  ほら、アイスブルーがまた、やさしくゆるんで。その色が見たくて、何度でも紡いだ。 (希ちゃんと絵里ちゃん)  2016.1.1
 たとえば陽の当たる場所を知っている猫のように、私もわかっているのかもしれない、自分の特等席を。 「のーぞーみーっ」  振り返ったその人に思いきり抱き付き、首元に顔をぐりぐりと押し付ける。  えりちは甘えんぼさんやなあ、だなんて。甘えられるのは、あなたの前でだけ。 (のぞえり)  2016.1.1
 持ち上げられた薄氷色の眸に姿が映される。  たとえそれが憎悪で彩られていたって、絶望で満たされていたって、いとおしいことに変わりはない。 「あいしてるわ、アナ、あいしてるの」  想いは深く、深く。 (愛が強すぎたエルサのお話)  2016.1.1
 心が音を立てて崩れていくようだった。ばけものに成り果ててしまった私に心なんてものがあればの話だけれど。  目の前でまたたきさえも忘れた妹は、私の手よりも冷たく、握り返してもくれなくて。 「──アナ、どうして、」  凍りつかせたのは誰であろう私自身だというのに、なんて白々しい。  紡いだ名前すら届かないことを知っているのに。 (あるいは存在し得る世界で)  2016.1.1
 出逢ったその頃から人のものだったその女性に焦がれていた私の気持ちが、果たしてあなたに想像できるのでしょうか。生まれてはじめて欲したものがどう足掻いても手に入らないのだと、その絶望を、あなたは理解できるのでしょうか。 「…間違いだったら笑ってほしいのだけれど」  私の眸をじっと見つめる。ただそれだけでこんなにも高揚するこの心をきっと、あなたは知る術さえ持たないのでしょうけれど。  水面色の眸が一瞬、ためらうように外されて、けれど再び、今度はなにかしらの決意をこめて。 「あなた、好きなのではなくて? ──アグナルのこと」  一言目に異常なほど胸が跳ねて、続けて発された名前に熱が冷めていく。  やはりあなたは、何も気付いていないのですね。  なにかしらの希望を持って映し込んでくる眸に、無礼をお許しください、と。謝罪をこめるのは上辺だけ。  呆気に取られる暇も与えず、距離を詰めその手に触れた。ともすれば祈りでも捧げるように。 「私がお慕いしておりますのは王ではなく、王妃、あなた様です」  水面色は果たしてどんな反応を示すのか、もう分かりきっているけれど。 (侍女と王妃)  2016.1.6
「嘘はだめよ、アナ」  ぎくり、妹の肩が震える。  けれど自分の挙動不審さに気付いていないのか、それともまだ押し通せると思っているのか、視線を逸らして口笛を吹いてみせる。それさえも常じゃないというのに。  私を見て、壁を見て、また私に戻ってきて。  う、と音を詰まらせたアナは気まずそうに俯き、やがて勢いよく抱き付いてきた。 「ごめんなさい! エルサが楽しみにしてたチョコ、食べちゃったの!」 「え、」  てっきりまた勉強をさぼったとかそんなものだと思っていたのに、意外な告白に視線を彷徨わせるのは今度は私の方。あれは公務の後の楽しみに取っておいたのに。  けれど、正直に謝ってくれた妹を怒る気にもなれなくて。  息を一つ、ごめんなさいとまだ謝罪を口にする背を抱きしめる。 「今度は一緒に食べましょうね」 「…! うん!」 (なんて妹に甘いのかしら、チョコも私も)  2016.5.12
「あら、かわいらしいウサギさんね」  ぴょこり、天にまっすぐ伸びた両耳がわたしに向き直る。 「──食べちゃいたいくらい」 「何度目ですか、それ」  振り返ったテレーズの呆れ果てた表情を目にするのだって何度目か、元より数えるつもりもないけれど。  とことこ、かわいらしい足音で近付いてきた彼女は、不満顔でわたしの背をなぞる。 「わたしはホワイトタイガーの毛並みが欲しかったです」 「あら、でも手に入れてるも同然でしょう?」  だって毎晩触っているんですもの。尋ねれば、茶色の赤に染まるほど恥ずかしさを露わにしていた。  そんな小さなウサギさんがあんまりにもかわいくてつい笑っていれば、むうとふくれた彼女はやがて全身でわたしを押し倒す。 「そんなこと言うタイガーさんは、──たべちゃいますよ」  見上げた眸がふと、肉食獣のような色を灯した。 (CAROL×Zootopia)  2016.5.12
 それは突然の出逢いだった。 「あちゃも!」  とてもアチャモっぽいなにかに遭遇した。いや、雰囲気はアチャモそのものだけど、なんかこう、なにかが違う。 「あちゃも!」  そもそもアチャモは『あちゃも』なんて鳴かない。何故だ。つぶらな眸のリザードンはまともなのに。いや、ちょっと肩の位置ずれてるけど。頭大きいけど。ていうか近付いてくるなアチャモもどき。 「あちゃも!」  だから鳴き声違うって。 (みちゃんとアチャモと時々リザードン)  2016.5.12
「あらあら、こんなに汚して…」  いつものように妖精たちと泥あそびをして帰れば、呆れた風のマレフィセントが袖で顔を拭ってくる。  マレフィセント、なんて呼び名にはまだ慣れていない。 「みにくい顔が更に見られないものになるわよ」  きっと彼女もそれは同じで、まだ名前は呼んでもらえないまま。  何事かわたしへの文句を呟きながらもきれいにしてくれているマレフィセントの手をふと、取って。 「なんだかんだ言いつつわたしのこと好きよね」 「なっ、」 「というより、大好きよね」 「………っ!」  ついには真っ赤に染まり切った彼女は勢いよく離れると、それまでわたしが触れていた手を庇うように隠してしまう。 「だ、大好きなんて言葉で表せられるわけないでしょう!?」  ねえ、それ否定になってないんだけれど。 (それでも名前を口にしてもらった嬉しさにわたしも同じ色に染まる、なんて)  2016.5.12