そんなに見つめられては、書けるものだってうまくいくはずがない。ただでさえ慣れないこの距離に手が震えているというのに。  ふ、と。まっさらな手が伸びて、あたしの指を捕らえる。 「ほら、また握り方間違えてる」  誰のせいだと思ってるのよ。 (つまりは姉さんと一緒だと無理って話)  2016.5.12
 ジリジリとうるさいそれを黙らせ、小さなあくびを一つ。このまままだ夢の世界へと帰りたいところだけれど、本日もリクルート活動という大事な役目があるから寝てなんていられない。  頭では理解していても、そうそう覚醒できるわけもなく。 「ホックさん…、おきて…」  そうですわ、他の人に目覚めさせてもらいましょう。  浮かんだ名案に隣人を揺さぶってみても、むにゃむにゃとかたちにならない寝言を呟くばかりで一向に起き出す気配がない。 「ねえ、ねえってば」  それでも懸命に揺さぶっていると声が止み。安堵したのも束の間、回る視界に寝起きの脳が揺さぶられ、かと思えば覚えのあるぬくもりに包まれた。  抱き枕にされたのだと。気付いた頃には、心地良さに身を任せ。  そういえば朝に弱いのでしたわ、この方は。そんな事実を思い出す前に、意識を手離してしまっていた。 (そうしてふたり揃って寝坊するのはまた別のお話)  2016.5.12
 両の頬に一つずつ。できたそれに思わず手を伸ばせば、若々しい弾力とともに消えてしまって。  代わりに現れたふてくされた表情は、なんというか、とても彼女らしくはある。 「なんでしょう」  ようやく出てきた音は硬く。  思えばいつだって彼女は緊張している、それも私の前でだけ。たまに見せてくれる笑みだってすぐ、人が不愛想だと呼ぶその裏に隠してしまって。  もう一度、あの表情に出逢いたくて。離れてしまった指を、今度は彼女のそれに絡める。手遊びをやめてしまった指はひどく震えている、まるで怯えるみたいに。  どうかどうか、本当の彼女が見えますようにと。 「私ね、あなたのえくぼがとても好きなのよ、ルーニー」  その恥ずかしそうなはにかみももちろん好きだけれど。 (つまりはあなたのことが、)  2016.5.12
 要は悔しいだけだった。わたしばっかり翻弄されているみたいで。わたしばっかり、好き、みたいで、キャロルのことが。 「あらダーリン、そっちで寝てしまうの?」  自身のベッドに潜り込むわたしの背に声がかけられる。笑みが含められていることくらい、振り向かなくたってお見通しだ。彼女だって隠す気はさらさらないだろうし。ほら、もうクスクスと音が洩れている。  こんな風に問いかければすぐ、わたしが尻尾を振って行くと思っているんでしょうけど、そうはいかない。  向いてしまいそうになる足を叱咤してくるりと方向転換、やっぱり意地悪く微笑んでいる彼女の目の前で毛布を上げてみせて、 「あなたこそ。こっちに来てもいいんですよ?」  果たして彼女が折れるのが先か、朝日が昇るのが先か。 (けれど負けるのはやっぱりわたしの方で、)  2016.5.12
 たとえば私を求めるそのくちびるごと食べてしまいたいくらいに。たとえば私を映すその眸ごと取り出してしまいたいくらいに。たとえば私の名を音にするその喉ごと切り取ってしまいたいくらいに。  あいしているのに、あなたのこと。 「ね、エルサ!」  奪い去ったそれらが果たして変わらず私を求めてくれるのか、そんな恐怖に怯える愚かな私は今日も、清く正しい姉であり続ける。 「──ええ、そうね。好きよ、私も」 (あるいは最初から私など求めていない、なんて)  2016.5.12
 ぴょこぴょこと動く耳が愛らしい。 「やっぱりアナには元気なウサギが似合うわね」 「エルサこそ。とってもきれいなウサギさん!」  太陽の色にも似た妹と違って、私は真っ白なユキウサギだけれど。それでもきれいと言われて、耳が立たないわけがない。 「でもあたしたち、田舎でのんびりニンジン育ててるような性格じゃないわよね?」  ふと。悪戯に笑んだ妹に合わせ、にやりと笑ってみせる。  まるで彼女らしい言葉に、返す言葉は決まっていた。 「──もちろん!」 (FROZEN×Zootopia)  2016.5.12
 まるでテレパシーでも使ってるみたいに彼女の心がよくわかる。言葉なんていらない、ただ視線を絡ませ合って。 「なにかしら、ダーリン?」  だというのに今日の彼女はやけに音を求める。もうとっくに伝わっているはずなのに、わざと首を傾げて。  確かな言葉が欲しい時もあるのはわたしも同じなのに。  ため息を一つ、 「あいしてますよ、キャロル」 「わたしもよ、テレーズ」  どうやら通じていたらしい想いは、けれど不意打ちすぎて。わたしの頬を染め上げるには十分すぎた。 (ずるいです、いきなり、なんて)  2016.5.12
 凛とまとうその表情が時に愛想が無さすぎると評する人がいるけれど、そんな声を耳にするたびに私は首を傾げる。 「ルーニー、」  だってほら、彼女はこんなにも豊かな表情を向けてくれるから。  いまだってそう、あごを引いて、はにかむみたいにくちびるを結ぶ。色づいた両の頬にえくぼさえ浮かべてみせて。  カメラを構えた人たちはきっと、彼女のこんなにも愛らしい姿を見たことが無いに違いない。私があの立場であればもっと色々な表情が引き出せたのに、なんて。 「あなたはどんな表情だって魅力的だわ」 (あるいは私にだけ、だなんて)  2016.5.12
 やわらかな感触が過ぎ去るまで、理解が追い付いてこなかった。  それまで触れ合っていた頬を撫でる、そこにはまだ、熱すぎるほどの体温が残っているようで。 「エルサ…?」  たった一言。名前を口にしただけで大仰に震えた肩に、締まりのなくなっていく口元を止められない。  普段、口づけを送るのはあたしからばかりなのに、きっと勇気を振り絞ってくれたんだろう、そんな努力一ついとおしくて。 「ね、エルサ」 「な、なに、かしら」  平静を装ってその実、顔を真っ赤に染めた姉に、抑え切れなかった笑みをついに向けた。 「もう一回。してほしいな、エルサから」 (だって姉さんから口づけが送られたのははじめてで、)  2016.5.12
 いやいやと、かたちにならない言葉の代わりに首を振られる。けれどその意思とは裏腹にきつく締め付けてくるものだから、本気で嫌がっているわけでないことは明白だった。  逃げようとシーツをたぐり寄せた指を絡め取り、腰を更に押し進めれば、ひ、と彼女ののどが鳴る。  途端、きゅうと喰い千切らんばかりの反応に一瞬目の前が白くなった。頭を振り、快楽を追いやる。  ふ、と。必死に顔を巡らせた彼女が、雫をいっぱいに湛えた眸で見つめてきた。 「ぎゅって、できないのは、いや…っ」 「…っ、なら、早く、達すること、だな」  口の端を上げて見せた自分のなんと意地の悪いこと。  ついに涙をあふれさせた彼女は、けれど色を含んだ声を洩らした。 (涙に濡れた眸があいらしい、だなんて)  2016.9.20