身体に張りついたワンピースばかりが目に焼きついている。
久方振りの雨だった。嵐が迫っているのだと、港に急ぐ漁師が通り過ぎざまに触れ回っていた。港に近い者は高台に避難しろ、決して海には近付くな。嘆きとも怒声ともつかない声が飛び交う。どこかで赤子が泣く。子供の、老親の、それぞれの家族の手を携えた住人たちが焦りを浮かべ駆けていく。
いくら海の血を継いでいるとはいえ、荒れ狂う波に耐えられるほどの力は私たちにはない。まして末の妹はまだ幼いのだ。だから早く逃げないと。私の訴えに返事はない。紫陽花に似た色だったはずのワンピースがいまや濃紺に染まっている。そのひとの眸は逃げ惑う人間たちでも怒れる海でもなくきっと、海の底の底を見透かしている気がした。
おかあさま。
耳を打つ雨音にまぎれて、たしかに、懐かしくも忌まわしい呼び名が落ちた。
つれていかれてしまう、と、ともすれば確信のようにそう思った。
「お姉様!」
動けずにいた足を叱咤して距離を詰め、頼りない腕を取ればようやく深海色の眸が私を映した。ぱちりとまたたき、あ、と。あの子を連れて早く。
姉が私たちのこともなにもかもを忘れ海を見つめたのは、その一度きりだった。
「──ねれないの?」
ふ、と。姉と瓜二つな顔に覗きこまれ思わず鼓動が跳ねた。ちょっとぉ、と目の前でひらひら手を振る仕草に、動揺を隠し息をつく。
「べつに。のどが渇いただけよ。あなたこそどうしたの」
「海が見たかったのよ。わたしの部屋からだと音しか聞こえないし」
特に追及することもなく、私から当初の目的へと興味を移した妹が窓辺に寄る。吹きこむ冷気。強まる雨音。混ざる波飛沫。私たちの血に近しいこの音たちも、いまは思い出したくない記憶を想起させるばかり。
「雨が入るでしょ、早く閉めなさい。叱られても庇ってあげないわよ」
「んもう、濡れたくらいで怒らないわよお姉さまは」
振り返った妹は不服を露わに頬をふくらませる。身を乗り出してまで見たい光景なのだろうか。私には理解できない。
文句を洩らしながらも窓を閉める。雨音が鳴りを潜める。無意識に吐き出した息を、正面に座った妹が目聡く拾い上げた。
「昔から雨がきらいだったわよね、あねさま」
「あなたに租の話をした覚えはないけれど」
「ほら、やっぱりきらいなんじゃない」
マグカップを両手で包みこむ。とうに冷えた紅茶は指先をあたためてはくれない。
妹の推測は若干的外れだ。私は雨の日の海がこわい。いつもとは違う姿を見せるそれがいつか姉をさらってしまうのではないか。そう思うとおちおち夢に沈んでいられない。などと素直に打ち明けるつもりもないけれど。
凪いだ水面色の眸はそれ以上なにも尋ねない。欠伸を噛み殺し、そっと色を閉ざす。
「寝るなら部屋に戻りなさい」
「起きてるもん」
「あらあ、どうしたのよ。ふたりしてこんな時間に」
いまにも消えそうな妹の語尾に物申そうとして、けれど姉の疑問が割って入ってきた。ストールを羽織った姉が妹の髪を撫でつける。さっきひそかに部屋を覗いた時は寝息を立てていたはずなのに。会話が洩れていたのか、それとも窓を打つ雨音で目が冴えたのか。どちらにせよ、姉がたしかにここにいることに少しばかり安堵する。我ながら子供じみている考えは全部、睡魔のせいにしておこう。眠気なんてもうどこにもないけれど。
気持ちよさそうに目尻をゆるめた妹はそのまま机に頬を預けた。姉がこうやって末の子を甘やかすから、いつまで経っても居間で眠る癖が抜けないというのに。
時計が三度音を刻む。妹がゆるやかな呼吸を繰り返す。
「眠れないのかしら」
数分前と同じ質問が、今度はやわらかな響きを持って投げかけられる。空いた片手でストールを胸にかき寄せた姉が、見上げる私と視線を重ねて微笑む。だからつい尋ねてしまいそうになった、お姉様もいつか海にかえってしまうの、と。かえるもなにも、私たちの居場所は海にも陸にもどこにもない。わかっている。わかっているのに私はあの日の姉を忘れられずにいる。嵐のなか、海に沈んだ母にとらわれかけたこのひとを。
乾いたくちびるを一度、開いて。音になってしまう前にマグカップを傾けた。冷たい紅茶が稚拙な想いとともに滑り落ちていく。仕方のない子。ゆるんだ深海色の眸がそう言っているような気がした。
「チョコレートカルダでも作ってあげましょうか」
「あねさまばっかりずるいっ、わたしだって飲みたいわ!」
途端、がばりと跳ね起きる妹に思わず笑みがこぼれた。姉も同じことを思ったのか、苦笑しつつキッチンへと足を進める。だれかに似た後ろ姿にそっと呟く。
「─…私も、」
雨音に呑まれかけた返事をすくった姉は、三人分ね、と笑った。
(どうか私の想いごとすくって)
2022.3.28
マニキュアはしないと言っていた。だって面倒だし。その一言。
それなら塗ってあげる。呆れ混じりに、だけど隠しきれない喜びがにじんでいたわたしの言葉尻にきっとあなたは気付いていた。
すきな色だと、いつだったか彩られたわたしの爪を見つめたあなたの感想を覚えていた。次に会うときには同じ色をまとおう、と。あなたのために用意していた新品のそれを、さも自身の持ち物のように取り出した。
開演までの時間つぶし。節くれだったあなたの指を捧げ持ち、短い爪先を彩るこの瞬間がどうか永遠に続きますようにと、あのころのわたしは本気で祈っていた。
「──ネイル、」
数年振りにまみえたあなたはあのころのままちっとも変わっていなくて。けれど視線を落とした先、上品に縁取られた爪に目を奪われる。
「してるんだね」
「やってもらうと案外楽しいものだね」
ネイルサロンに通い始めたのだとあなたは言う。少し伸びた爪。見慣れない色。薬指で光る指輪。だれか別のひとの隣にいるという証。
「─…きれいだよ」
うそつき。喉元まで覗いた恨み言を噛み潰した。
(もとよりあなたはわたしに染まってくれなかったのに)
2022.4.20
窓から忍びこんできたぬるい風がチケットをはためかせる。揺れる紙はまるで私の葛藤を映したかのようで、思わずため息をついた。
「あ、これ、あの客船のチケットじゃないですか!」
陽気に駆けこんできたお針子の声に我に返る。仕事終わりなのだろうその子は、私が持て余している紙切れに目を輝かせた。
「二年先まで予約が埋まってるって聞きましたけど、どうやって?」
「前の舞台のスポンサーから頂いたのよ」
そのスポンサーは、現在停泊している豪華客船の協賛もしているという。よければ一緒にとの誘いも半ばに、友人も喜びますわと二枚とももぎ取った話は、別にこの子にしなくともいいだろう。
出港は二週間後、夏の初めに錨を上げる。
夏といえば目を閉じなくとも思い出す光景がある。照り付ける日差し。心地よいアコーディオンの音色。そして追いかけた背中。月日が過ぎるのはあっという間で、気付けばあれから何度目かの夏を迎えようとしていた。
──同じ季節に乗ればまた会えるかもしれない。
幾度もよぎった淡い期待がついに現実味を帯びてしまった。幸か不幸か、次の舞台の稽古まで期間が空いている。遊覧の旅に出ても差し支えない。けれど。
「─…ね。よければ貰ってくれないかしら」
「えっ、そんなもったいない」
「あまり気乗りしないのよ」
嘘ではない。だって思い知るのがこわいから。あの船に彼が乗ることはもうないのだと。私のことなんてちっとも気にかけてはいないのだと。
それなら思い出は思い出のまま、ちくりとした胸の痛みとともに仕舞っておくのが一番だ。
「恋人と行ってきなさいな。きっと倦怠期も吹き飛ぶわよ」
ウインクまでおまけすれば、少し迷った様子の彼女もようやくチケットを受け取ってくれた。
「ありがとうございます! 今度ごはんでもご馳走しますね」
「気にしないでちょうだい、貰い物だもの。それよりサマーバケーションを楽しんでらっしゃい」
何度も頭を下げる彼女にひらひらと手を振る。
「カトリーヌさんもよいバケーションを!」
元気な声と足音が階下へ消えていく。
ぐっと伸びをひとつ。チケットを手放した腕が妙に軽い。
「あの子引っ張ってバーにでも行きましょうかね」
きっと部屋でミシンとにらめっこをしているであろうファッションアーティストを思い浮かべ、出口へ向かった。
(とある夏の日)
2022.5.8
思わず洩れた笑いを聞き逃す妹ではない。
「…わたしが読書なんて珍しい、なぁんて思ってるんでしょ」
「よく分かってるじゃないの」
普段は室内よりも陽のもとを駆け回っている妹が、今日はソファにごろりと仰向けになり本を掲げていたのだ、珍しく思わないはずがない。
開いたまま胸の上に置かれた本を取り上げる。おそらく姉のお気に入りの恋愛小説を拝借したのだろう。私は興味がないので詳しくは知らないけれど、ひょんなことから出会った身分違いの男女が、紆余曲折を経てはるか海の向こうへ逃避行する、という物語だった気がする。やたらと運命やら真実の愛やらを強調してくるところ以外はなかなかよく出来た作品なのだ。私は恋愛小説なんて興味はないので読んだことはないけれど。
「おませさんね」
「子供扱いしないで。恋愛の機微くらいちゃーんとわかるわ」
不服そうに口を曲げるその姿が子供そのものだということに気付いているのかいないのか。起き上がった妹はクッションごと膝を抱えた。
「私が貸したのよ。この子、珍しく読書したいなんて言うものだから」
「んもう、お姉さままで」
洗濯かごを携え現れた姉がおかしそうに笑う。妹はますます頬をふくらませる。
だって妹は─かくいう私も─浮いた話どころか関心だってないのだ。そんな妹と『愛の果てに』なんていうタイトルはあんまりにもミスマッチすぎる。
顔を見合わせくすくす笑う姉ふたりを面白くなさそうに眺めていた妹は、やがてふんと胸を張る。
「そこまでおっしゃるなら特別に教えて差し上げますわ、お姉さまがた。わたしのとーっておきの初恋を」
大仰な口調でもって語られたとっておきとやらは次のとおりだ。
もう随分と昔の話よ。
お姉さまは買い物、あねさまもどこかに行っちゃって暇だったから、近所の猫の真似をして木に登ったの。ほら、小道の先に大きなオリーブの木があるでしょ。登ったのはいいけど降りれなくなっちゃって。木登りに飽きたのか猫もいなくなったし。
ひとりで心細くなってたらね、男の子が近付いて来たの。ぜんぜん知らない男の子。帽子を目深に被ってて、海みたいな目が呆れたみたいにわたしを見上げて、受け止めてあげるから降りておいで、って。
勇気を出して飛び降りたら、彼ね、ちゃーんと抱き留めてくれたの。ちょっとよろめいてたけど。海のにおいがしたわ。きっと船乗りの子供だったのね。
その子ったら、わたしがお礼を言う前にどこかへ走っていっちゃったのよ。それ以来どんなに探してもその男の子には会えなかったんだけど、受け止めてもらった時のときめきはいまも心に残ってるの。
「ね、これが恋って言うんでしょ」
語り終えた妹はどこか誇らしそうに胸を張る。姉は肩を震わせ、私はといえば静かに冷や汗をかいていた。妹の話には覚えがある、ありすぎる。聞いたことがあるわけではなくて──その男の子こそ、私なのだから。
昔の私はみずからの姿を嫌悪していた、今よりもずっと。だから出歩く時はいつも、普段とは違う格好をしていた。そう、まるで男の子のような格好を。そんな中で降りられなくなった妹を見つけ、呆れつつも助けてあげたわけだけれど。まさか姉として認識していなかったばかりか、初恋として美化していたなんて。
おそらく察しがついているのだろう姉は、笑いを堪えすぎて奇妙な顔をしている。今すぐ誤解を解きたい、けれど言えない、あなたの初恋を奪ったのは私よ、だなんて。
「わたしの初恋のひとだもの、きっと美しくたくましい男性に成長してるはずよ!」
(ああ麗しの!)
2022.5.22
汽笛が耳から離れてもまだ、グローリアのことを考えていた。
珍しく名残惜しそうな目をしていた。昨晩くっきりと残した首筋を印を晒す彼女は、ベッドで見下ろした眸の色をそのままにこちらを見据え、けれど駄々をこねるまでには至らない。
中途半端に大人な恋人にその時はくすりと笑ってみせた。今日だって午後から予定が詰まっているんでしょ、またすぐ会えるわ。小柄な彼女の両肩に手を置けば、なにかを訴えかけたくちびるが開いて、すぐ引き結ばれて。そうですわね。昨夜あれだけかわいらしくこぼれていた声は、すべての感情を抑えてただそれだけを別れの挨拶とした。
つい今しがたの自身の言葉を思い返し、今更頭を抱える。宥めすかした私こそあなたを帰したくなかったなんて心情を吐露すれば一体、グローリアはどんな顔をするだろう。自分ばっかりずるいですわと拗ねるかもしれない。それはそれで見てみたいけれど、私にだって年上の矜持というものがある。おいそれと泣きつくわけにはいかない。
船が運んだ風がふわりと髪をもてあそぶ。身体に残る彼女の香りも、いまは恋しさを募らせるばかり。
決めたわ。朝靄に紛れた船を思い出し、まぶたを閉ざす。今度は私のほうから会いに行こう。固い決意とともに、まだ恋しがる心を閉じこめた。
(大人なんていないのよ、恋愛においてはね)
2022.5.22
今夜は星がよく見える。
「ねえあねさま、あれは何座かしら」
「…ふたご座よ、前にも教えたでしょう」
すん、と鼻をすする音。不機嫌をにじませながらも律儀に教えてくれるところがあねさまらしい。星と星をでたらめにつなぐわたしの指を取り、軌道修正までしてくれた。
あねさまに導かれた指先が宙をかく。右へ、上へ、少し右へなぞって、右下へ。
「じゃあ次は、」
「ねえあなた、そろそろ戻りなさいよ。風邪引いても面倒見てあげないわよ」
夜の静寂ににじもうとしていく声が果たしてどちらの意味を持っているのか、またたきひとつの間に考える。
「あねさまがベッドに戻るならご一緒するわ」
「…勝手になさい」
呆れた声音とともに肩に降る体温。どうやら正解だったみたい。あねさまの本気を見分けるのは少し難儀で、少し面倒で、少しいとおしい。
「ほらあねさま、カシオペアだわ」
「ばかね、あれはスピカよ」
(くしゅっ)
(っしゅん、)
(どうしたのよ二人して)
(あねさまの夜更かしに付き合ってあげてたの)
(それはこっちのセリフ)
(いいから早く湯船に浸かってきなさい)
2022.5.22
妻はいつも花の香をまとっている。
初冬の風を思わせる、爽やかで、少し甘い香り。この香りに誘われ結婚したのだと言うたびに彼女は笑うけれど、あながち嘘ではないほどには、彼女のにおいを好ましく思っていた。
香水をつけているのだと妻は言う。よくよく観察してみれば、なるほど、まめに振っているようだった。そんなに気にしなくとも君はいつだっていいにおいだよ。何度伝えても彼女は笑みを乗せるばかり。本当のことなのに。
やがて僕たちの間に娘が誕生した。待ち望んでいた僕たちの子供。深い色の眸は君によく似ている、と言えば、爪のかたちはあなたにそっくり、と彼女は嬉しそうに相好を崩す。
娘のなにもかもがいとおしかった。目に入れても痛くないとはこのことかと実感した。妻も同じ気持ちなのか、ゆりかごで夢に沈む娘をそっと抱き上げ、これ以上ないほどしあわせそうに笑って、
わたしと同じにおいがする。
──その表情が、ふと、翳った。
抱き上げた時と同じように、静かにゆりかごへ戻された娘へ顔を寄せる。妻が背を向ける。すん、と息を吸う。
命の気配がまるでない、海の底のにおいが、した。
(うみのこへ)
2022.5.30
翼のはためきが夜の静寂を切る。
「もう少し静かに飛べないものかしら」
「人の背中に乗ってるくせに文句が多いのよ、あねさまは」
口を尖らせた妹は、けれどその文句を聞き入れるようにわずかに動きを抑える。
この高度と暗闇なら、万一誰かが見上げたとして、海際にに住む姉妹だとはよもや思いはしないだろうけれど、用心するに越したことはない。
闇にとけるように空を駆ける。目を閉じる。自分で翼で風を感じることができたらどんなにかと、羨むのはとうの昔にやめた。今はただ、不平を垂れながらもおうして背に負ってくれる妹にひそかに感謝するばかり。
「あねさま太った?」
「少しは情緒を覚えなさいよ」
(夜にかける)
2022.6.1
浸したつま先が心地いい。
ぱしゃり。まっくらな水をはね上げる。弧をえがいた軌跡が一瞬月明かりに照らされて、だけどそれだけ。少しばかりの波紋が広がる。海はちっともわたしに馴染もうとしない。
「いつまでそうしているつもりなの」
呆れた調子の声はすぐ隣から。わたしと同じようにつま先だけ海にさらしたあねさまが息をつく。
海なんてそんなにいいものじゃないわよ。あねさまも、お姉さままで、口癖みたいに諭してくる。死のにおいがするのだと、あねさまは眉をひそめる。
海がいいところかそうじゃないかなんてどうでもいい。わたしはただ見たいだけ。あねさまやお姉さまと同じ光景を、ふたりが見ている景色を共有したいだけなのに。
ぱしゃり。海面が波打つ。ふいに隣の足がわたしに倣う。ぱしゃり。水が躍る。わたしに対するものとは違う反応を海が返す。
「…きもちいいね、あねさま」
ぱしゃり。海が舞って、落ちた。
(海はしゃべらない)
2022.6.1
果たして原因はなんだったかしら。
発端はたしかにわたくしですわ、ええ、それは認めましょう。電話越しでもはっきりわかるほどご機嫌ななめでしたものね、あなた。これで五度目のバッティングですもの、怒るのも当然ですわ。わたくしだって同じことをされたらしばらく口なんてききませんもの。
ですからね、あなたのお小言も恨み節も甘んじて聞き入れるつもりだったんですの。なのにあなたったら、スケジュール管理が甘いだの先が思いやられるだの言いたい放題。さすがに我慢の限界ですわ。わたくしだって会いに行きたいところを、得意先との商談だから仕方なく堪えておりますのに。まるでわたくしがわざと予定をキャンセルしたと言わんばかりの口振り。そんなに文句がおありなら、あなたが来てくださればいいのに。
売り言葉に買い言葉。原因なんてすっかり忘れて口喧嘩をして、
「あなたなんか──っ、」
「…私なんか、なによ。言ってごらんなさい」
「…もう! 知りませんわ!」
試すような口調に思わず電話を叩き切る。あなたから謝ってくるまで電話なんてかけませんわよ、絶対。
(一手を指せないほうの負け)
2022.6.20