「…っ、」
息を呑む暇もなかった。
間合いにするりと入り込んできたミカサは、切っ先を私の首に向け、いつもの感情の読めない眸で見つめてきていた。
憎いならいっそ刃を進めてしまえばいいのに、動きを止めたまま。
す、と。ブレードが離れていく。
くるりと踵を返したミカサはそうして歩みを進める、私なんて見向きもせずに。
「──アニは、私の背だけを見ていればいい」
見ているだけじゃ、だめなのに。
(tune the rainbow)
2016.11.14
抱きしめたいと、願うことは罪でしょうか。
「すっかり夜だねえ」
星空を見上げながら歩く彼女は、私の視線の行先に気付かない。
たとえば影だけでも寄り添えたらと少しずつ距離を詰めていることにもきっと、気付かないまま。
「…もうすぐ、家、着くね」
私の呟きで、彼女の足が止まるはずもなくて。
(楔)
2016.11.14
「死後の世界なんて、あたしはこれっぽちも信じてないの」
妹の言葉にまたたいたのは私の方。聖書を置いたアナは退屈だったとばかりに伸びを一つ、だって、と。
「そこでまたエルサと会えるとは限らないもの」
そうして微笑んだ妹に同じ表情を返す。
どうかどうか、いまのしあわせなこの時が少しでも続きますようにと。
(不死鳥)
2016.11.14
視線が合えば頬が染まり、言葉を交わせば舞い上がり、身体が触れればそれだけで、あたしの心臓は行方をくらます。
これを恋と呼ぶのか、それとも愛と称するのか、あたしにはまだわからないけど。
この気持ちが確かに、姉さんに向かっているものだということは痛いほどわかるから。
「大好きよ、エルサ!」
どうかあなたも、同じ心でありますようにと。
(I Really Like You)
2016.11.14
視界がクリアになってくれない。
いつまで経っても歪んだままの世界でけれどただ一つ、色を取り戻した妹の姿だけがあって。
ずっと望んでいた、また昔のように触れ合えることを。言葉を交わして、名前を呼んで。
「─…I love you」
あいを、伝えて。
(涙のふるさと)
2016.11.14
「また来週、ね?」
マグカップを両手で包み込み体操座りをしているわたしの頭に、ぽん、と。まるで駄々をこねる子供をあやすそれみたいに。
どうしてそんな余裕ぶって笑っていられるのよ。わたしばっかりが寂しさを募らせているみたいじゃない。
「…絶対、来てよ」
それでも、さみしい、なんて。口には出せなくて。
(カプチーノ)
2016.11.14
「あーもう! 聞いて!」
自室に入るなり不満を爆発させる。
ベッドに飛び込み“彼”を掴み、語るは今日の出来事。たとえばうんと叱られたことだとか、けれどその後想いを寄せている人からチョコレートをもらっただとか、そんな些細なこと。
だけど黙って受け止めてくれる“彼”をぎゅっと抱きしめる。白くてもふもふな形がつぶれる様子もかわいらしくて。
明日もがんばれそうだと、単純な私は笑顔で目を閉じるのだった。
(マシュマロ色の君と)
2016.11.14
ただ、寄り添っていたいだけだった。
たとえばあなたが一番心を痛めている時に、たとえばあなたが一番笑顔を咲かせている時に。その一つ一つの事柄を話したいと思い浮かべる相手があたしでありますように。
そうしてどうか、
「ありがと、みもちゃん!」
あなたの一番近くにいれますようにと。
(キミはともだち)
2016.11.14
「ああ、アデライン…」
いとおしさをこめて撫でてくれる、あなたの手が好き。
既に異形と化してしまった頭ではもはやその感触さえ受け取ることはできないけど。気味の悪いそれに触れてくれるやさしさに、どうしようもなく胸があたたかくなって。
「どうなさいました、──マリア様」
あなたがくれる想いの半分でも、どうか伝わりますようにと。愛を、その名にこめて。
(アイネクライネ)
2016.11.14
普段は見向きもしない鏡の前に立ち、船長から譲り受けた帽子を被り直す。
私はもう、何も知らないままの私ではないから。去年のように、無邪気に明日を信じていた私ではないから。
陸が近付いてくる。
「──もうすぐ会えるな、ヴェール」
私たちのハロウィンが、始まる。
(ちっぽけな勇気)
2016.11.14