愛を、おしえて。

 夜の帳に鐘が鳴る。身体の深くに響くこの音は一体どこで打ち鳴らされているというのか、今夜こそ突き止めようと耳をそばだててみるのに、無情にも闇に呑まれていってしまった。 「──どうしたヴェール、こんなところで」  凛、と。閉じた世界にとけ込むみたいに、声が落ちてくる。覚えのあるそれにまぶたを開けば、声の主がわたくしと同様に腰を下ろしたところだった。片足を宙へ投げ出し、もう片足は立てて膝に腕を突く。そうして支えた顔を向けてきたものだから無意識に、肩が跳ねた、あまりにも距離が近付きすぎていたから。  動揺を悟られたくなくて、傍らに生えていた花を手折る。隣の彼女がまとうそれと同じ、闇色を裂く赤い、花。 「…鐘の音が、聴こえた気がしましたの」 「鐘の音…、こんな時間にか」  疑問符を浮かべ首を傾ける彼女にはきっと届かないだろう、この身体を、存在を揺さぶるその音なんて。ともすればわたくし自身さえかき消してしまうほどのそれの出どころを辿れば自分というものが見えてくるのではないかと。胸にぽっかりと居座るそれの正体を知ることができるのではないかと、そんな期待にも似たなにかを抱いていて。  この身体に生を受けたその瞬間から、真ん中から少し左に逸れたその場所がちくちくと痛んでいた。気にするほどでもなかったその痛みはけれどぎゅ、と。なにかに掴まれたみたいに強さを増したのはいつだっただろうか、だなんて、自問せずとも答えは出ていた。 「…ホックさんは、あるのでしょうか、胸が痛むことが」  ぱちり、眸が隠れて、現れて。再び覗いた時にはどこか寂しさを孕んでいるように見えたのは気のせいだろうか。  ふいに指が触れて、戯れに手中に収めていた名も知らない花を取りさらわれる、そんな一瞬にも身体が震えた。 「たとえばこうして、」  ふわりと香った赤にまたたきを一つ。彼女が差し出した花弁がくちびるに触れた。眩しい赤から茎を摘む指先へ、そうして腕を辿って見慣れた顔へ。日中の、太陽をその身に浴びている時には浮かべたことのない表情がふいに崩れた、笑うように、ともすれば悲しむように。 「君に見つめられている時が一番、痛むよ」  それはどういう意味として捉えたらいいのだろう。尋ねようにもくちびるを遮られたいまは息さえ口にすることができなくて。  問いかけを乗せてまたたいた、わたくしもですわと、同意も一緒に。 (それはきっと、あなたと出逢った瞬間から、)
 自分さえ知らない感情に、戸惑う。  2016.1.16