再三繰り返した言葉をけれど紡ぐことはできず、

「そんなことうちに相談されてもなぁ」  夜闇に包まれたセイリングデイに、ため息混じりのファージャの声だけが響く。  去年は、貨物ターミナルを模したこの場所に陽の差す時間から訪れたものだ。しかしその必要もなくなった今年はもっぱら、人間たちがひとり残らず姿を消した後、懐かしさを頼りに足を向けてはこうしてファージャに話を聞いてもらっている。  話題の中心はもちろん、可憐な鈴の音を響かす彼女のこと。心休まる音色を奏でるヴェールに、私の心はまだ、奪われたままで。 「ううん…、去年の反省を生かして、想いをストレートに伝えているつもりなんだが…」 「たとえばどんな風に」 「好きだ、ヴェール、愛している」 「ストレートすぎひん?」  呆れ調子で言われたって、他の術を思い付かない私はそうするしかなかったのだ。  拒絶を恐れなかなか想いを口にできなかった去年とは違い、今年はリクルーティング期間開始早々、好きだ愛していると。まっすぐすぎる言葉しか知らない私はそれでも真摯に、真剣に告白してきたのだが、彼女はいつだって曖昧に微笑むばかり。その鈴をちりんと一度だけ、背を向けてしまう。今回はちゃんと伝わっているはずなのに、彼女しか見ていないのに、まるでかわされてでもいるかかのように。これまでの、たしかに与えてくれていた想いそのものが、無くなってしまったみたいに。  この一年で想いが冷めてしまったというのか、いいや、それほど軽かったものとも思えない。ならば私の愛し方が足りなかったのだろうか。  考えあぐねる私の目の前で、本日幾度目かのため息を吐き出したのはファージャ。 「あんた、一年経ったのにちっとも分かっとらんみたいやね」  そのいつになく辟易した口調にただ、首を傾げるしかなかった。なにを分かっていないのか、なにを間違っているのか、見当もつかなくて。  言い募ろうと目の前の口が開いた、瞬間。ファージャの表情が凍り、視線だけが上へと動いて。  つられて振り返ってみれば、まず視界に入ったのは赤に縁取られた漆黒。それから上へ、上へと辿れば、不満そうに細められた眸と対面した。 「ヴェー、ル、」 「…なにをこそこそ話し合っているのかと思えば」  しかめ面がずずいと近付いて、ため息を一つ、二つ。三つ目を繰り出したところで、ほな邪魔者は退散するわと言うが早いか、紅のスカートを翻したファージャは早々に姿を消してしまっていた。  再び沈黙が支配し始めたセイリングデイで、ヴェールとふたりきり。しばらく言葉を待ってみたが、ルージュの引かれたくちびるがため息以外を紡ぐことはなく。  ふい、と。なにを咎めることもないまま、踵を返してしまう。私の想いを誰よりも、痛いほど知っているはずなのに。 「ヴェール! 私は、」 「ねえ、ホックさん」  りん、と。深夜のセイリングデイに鈴が鳴る。こちらに視線の一つも向けることのないまま、彼女は呼ぶ、私の名を。 「──来年もこのままとは、限りませんのよ」  けれど声は咎める、私の言葉を、想いを、心を。そんなこと分かっているのに、来年もまたこうしてここを訪れられるかどうかも、誰よりもいとおしい彼女とまみえることができるかどうかも。  伸ばした手は、それでも届くことはなくて。  名前を、落とせるはずもなかった。 (終わりはもう、近くに、)
 あと三日、  2016.10.29