もう少し共にと願っただけなのです。

 ちりちり、ちりちり。動きに合わせて鳴る澄んだ音に、自分でもいい加減うんざりしてきた。 「そろそろ振り返ってはどうですの!」  声をかけても名前を呼んでも果てにはハンドベルを耳障りなほど揺らしてみても、頭をすっぽりと覆っている帽子のつばがわたくしの方を向くことはなくて。  先ほどまでは──今日の勤めを終えたその時まではいつも通りであったばかりか、客人と時間も忘れて話し込もうとするわたくしを抱えて場を後にしたというのに、外に出た途端乱暴に身体を落として歩き去るとはなんて失礼な。ぞんざいな抱え方であったとしても、触れ合えたことがうれしいのに。普段、わたくしに対してのスキンシップが多いとは言えない彼女が躊躇いもなく抱き上げてくれたあの瞬間、呼吸さえも忘れていたというのに。  ちりちり、ちりちり。歩幅を広げた彼女に置いていかれまいと歩数を増やす。  わたくしよりも少しばかり背が低いというのに足はすらりと長いのだから本当、うらやましい限り。羨望の眼差しを向けていても、どこか別のところを、わたくし以外の人を見つめている彼女にはいつまで経ったって気付かれはしないけれど。  鐘が鳴るたび、胸が張り裂けそうになる。目の前の夕陽色の髪が揺れるたび、視界が歪みそうになる。この音よどうか届いてと願うのに叶わないまま、どうして、どうしてとそればかり。  想いが必ずしも報われるわけではないことは痛いほど知っているはずだった、主が一度は命を落とした時に学んだはずだった。叶えられる願いはごくわずかなのだと、祈りが聞き遂げられることはないのだと、そう。  けれどこうして人として生を受けて初めて好意を寄せた相手にただ振り向いてほしいのだと、それだけを乞うことは許されないのだろうか。彼女にだけは自分を映してほしいのだと、それっぽっちの期待を抱くことさえ浅ましいのだろうか。  視界がにじむ、夕陽色が霞んでいく。涙を拭うかわりにベルを鳴らした、どうせ見えてはいないのだから。  ふ、と。夕陽が大きく揺れた。 「―…音ではなくて、」  ちりん、一際ベルが高く鳴る。捕らわれたのは手首、思わず取り落としそうになったベルをなんとか握り直してまたたきをすれば、雫が流れて幾分クリアになった世界にあれだけ焦がれていた顔が映り込んでいた。記憶していたものよりも彼女の髪色に近い頬を隠そうとでもするように一度顔を逸らして、けれどまたまっすぐに見据えてきて。縮まった距離に自然、胸が高鳴りを覚える。  初めての距離から見えるくちびるが確かめるようにゆっくりと開いて、 「お前の声で、聴きたいんだ」  ちりちりと鳴るそれでなく、わたくしの音が聴きたいのだと彼女は言う。素通りされていた想いをちゃんと見つけて拾ってくれたような、そんな錯覚に陥る。  もしかすれば祈りはとうの昔に届いていたのかもしれない、もう少しだけを願っても許されるのかもしれない。見つめてほしい、触れてほしいの、その先を。  諦めかけていたくちびるを動かす、ベルに乗せたそれを自分自身の音に変えて。 「わたくしは──、」 (それにしても、もっと早く振り向いてくださればよかったのに) (恥ずかしかったんだ、その、抱き上げてしまったことが) (わたくしの方が恥ずかしい恰好をしていましたけれど) (ヴェールならいいかなって) (ごきげんよう) (すまないって)
 鈴ちゃんを小脇に抱える鉤様が書きたかっただけ。  2015.9.30