終わりを告げる鐘は近く、
今日も今日とてリクルート活動に勤しむ日々ももうすぐ終わりを迎えようとしていた。
相変わらず押し寄せてくる人間たちに、これも主からの命であると皆最初は慣れない笑顔を引きつらせていたけれど、見渡してみる限り大分板についてきたようだ。かくいうわたくしは、我が主のことを思えばいつだってかわいらしい微笑みを湛えていられるのだけれど。
歓声と拍手が沸き起こる、今日も勧誘に成功したみたい。
どうやらこの疑似の街を訪れる人間たちはわたくしたちの世界に興味を持っている者が多いらしく、ノーと答えるのはごく少数だった。各々喜びを表す仲間たちに自身もとりあえず拍手で示して。
ふ、と。見慣れた帽子がとことことこちらに近付いてきていた。ともすれば跳ねているようでもあるその特徴的な歩き方をする方を、わたくしは一人しか知らない。
「ヴェール…!」
ようやく見つけたとばかりかけられた名前に、もう慣れたはずなのに性懲りもなく心が浮き足立つ、とくりと。ゆるんでいく表情は、リクルーティングに成功したから、そう、きっとそれだけ。
半ばスキップしながら距離を詰めてきたその人が伸ばした手を掴もうとして、
「…あ、」
「…どうした?」
きょとんと、無邪気に尋ねてくる表情がつらい。いつもなら両手を取り合って喜びを分かち合うはずなのに一体どうして、と問われているようで。視線に耐え切れず顔を逸らしたのに、それでも覗き込もうとしてくる眸から逃れられない。
歓声が一際高く上がる、どうやら終了したようだ。
他の者たちが移動するのに付いていこうと足を進めれば、ふいに腰に腕が回り、瞬間の無重力、気付けば少しばかり視界が上がっていて。
「ちょ、ちょっと! 下ろしてくださいまし!」
「いやだ」
「そんな、子供みたいに…っ」
背中を叩いてみたって一向に下ろしてくれる気配はなくて。わたくしの気持ちとは裏腹に黄色い悲鳴を上げる人間たちの隙間を抜け、待機場所に向かうのかと思いきや、足を向けた場所はタワーオブテラーの横、人目につかない影だった。
強引にさらわれたにも関わらず、地面に下ろしてくれる時はやけにやさしいのは彼女の性か。けれど逃げ出す前に腕で退路を塞がれ、ぐいと迫ってくるものだから思わず足を曲げて引いた。壁と彼女に挟まれているのだから、これ以上下がりようもないのだけれど。
わたくしよりも少し小さい彼女に見下ろされるのも珍しい、なんて呑気に考えている余裕はあるはずもなく。
怒っているのか、悲しんでいるのか、表情からは読み取れない。
「ヴェール」
「な、なんですの」
「手を」
静かな言葉が落ちてくるのと手を掴まれたのは同時だった。抵抗する暇もなく手袋を取りさらわれ、彼女の目の前にそれが露わになる。息を呑む、音。きっと予想はしていたでしょうに、どこまでも彼女はやさしく、そして愚かな人間で。
指を一本、一本ずつ、辿られていくのになにも感じない、あたたかなぬくもりが触れているはずなのに、その感触さえ。
当然のことだった、予期していたことだった。ハロウィンが終われば、わたくしたちは元の場所、あるべき姿へと帰る。彼女は海へ、そしてわたくしは聖堂のただの鐘に。そんなこと、確認しなくたってわかっているはずなのに、彼女には見られたくなかったのに、こんな姿。
振り払いたいのに、それさえ許してくれずただ、指を絡め取って、
「やめて…」
甲に口づけを落として、
「やめて、ください…っ」
そんな顔でわたくしを見つめないで、そんな、いまにも泣き出してしまいそうな眸で。どうしようもないことなのだからせめて、元に戻ってしまう時はひとりでいたいから。彼女のいないところで、彼女の知らないところで。
それなのにまだ、離してくれようとしない。鈍い鉛色に染まりゆく手をただ握って、くちびるを引き結んで。
「─…どこにも、行かないでくれ、お願いだから…」
鉛色に顔を埋めても、涙の感触は伝わってこなかった。
(いつからこんなにも弱くなってしまったのだろう、あなたも、わたくしも)
最初から終わりは見えていたはずなのに。
2015.10.29