ふたりきりでいたいなんてわがままはこれっきりにしますから、

 朝にはあまり強くなかった。  自身を打ち鳴らされていた時は―なぜだか随分と昔な気がするけれど―否が応にも太陽の訪れを報せるために鳴いていたし、そもそも眠りを必要としていなかった。だけれどこうして人の身を得てからというもの、睡眠というものの楽しさを知ってしまい、務めのない日など陽が頂点に昇るまでベッドに沈んでいることもしばしば。  惰眠を貪っている、とあの眼鏡の子は言っていたかしら。加えてもう冬の気配が近付いてきているということもあり、あたたかなベッドから離れられるわけもない。  わたくしを起こそうと窓から顔を覗かせている日光を今日も無視して、枕に顔を埋める。夢、というものは残念ながら見たことはないけれど、それでもこのしあわせな時間が少しでも長く続くようにと。  ごろりと寝返りを一つ、窓に背を向けて、 「ヴェール!」  目覚まし時計のアラームよりも大きな声がしたかと思えば、急激な寒さが全身に吹き抜け思わず小さく丸まる。  眠りに落ちていこうとするまぶたをなんとか押し上げ視界を開いてみれば、両手で毛布を取り去ったその人が、無邪気な笑顔を向けてきていた。太陽みたいに光を発してはいないはずなのになぜだか眩しくて目を細める。今日も太陽が眩しい、だなんて彼女はよく言うけれど、きっと彼女自身がまばゆいのだろう。寝ぼけた頭に浮かぶのはそんなこと。  それではおやすみと眸を閉ざしたわたくしの身体を両側から支えて、無理矢理に座らされる。 「せっかくのいい天気だ、散歩しよう」 「まだ七時ですわよ」 「もう七時だ」  彼女という人はどうしてこう、朝から元気なのか。恐らく海での生活で、朝日とともに生活していたからだろう。わたくしだってそうであったはずなのに、この差は一体なんなのか、きっとベッドの誘惑に負けたかそうでないかの違いなのだろうけれど。  知らず知らずに船を漕いでいく、頭が妙に重い。 「まだ、ねていたいですわ、わたくし」 「しかしヴェール、」  薄目で見つめた世界の中で、それまで朝にはぴったりの爽やかな笑顔だった彼女の表情がふいに曇る。そのくちびるがなにか呟いた気がして、ほんの少しだけ、目を開けた。  聞こえていないと悟ったのか、ベッドの縁に片膝を突いた彼女が身を乗り出して、ゆうらり揺れるわたくしの身体を抱き留める。言い知れぬいい香りに包まれる。それになぜだがとてもあたたかい。 「──こうして近付けるのも、あと何回だろうな」  耳元でこぼれた声に、少しずつ、覚まされていく。どう足掻いても確実にやって来るだろう終わりからせっかく目を逸らしていたというのに、彼女の言葉が、存在が、自分のどうしようもない運命を思い出させる。彼女とこうして共にあれる日々にも限りがあるのだと、そうしてその限りはもう目の前にまで迫っているのだと。  指で事足りるようになってから、残り日数を数えるのはやめた。彼女との思い出を刻み込むことも。残ってしまえば未練ばかりで過ごさなくてはならないから、どうにもならないのにそれでも会いたいと願ってしまうだろうから。  またたきを、一つ。雫はこぼさない。  そうして抱きしめられたまま身体を倒せば、案外簡単にシーツへと飲み込まれていった。きっと気を抜いていたのだろう、シーツに半分隠れた彼女の顔がきょとんと、次いで頬をゆるめていく。 「もうすこし。ねむりましょう、いっしょに」  叶うならどうか、普通でありたかった。たとえ最期がすぐ傍まで来ているとしても、それでもいつも通りでいたかった。そうしてそのいつも通りをできれば、目の前の彼女と一緒に。  身体を横たえたわたくしに、待ってましたとばかりまどろみが押し寄せてくる。ベッドよりもあたたかいそれに包まれている分、余計に眠気は深かった。 「おきたら、あなたのすきな…うみへ…」  言葉が追い付いてこない。けれどどうやらちゃんと伝わったみたいで、頷いた彼女はそ、と頭を撫でてくれた。  世界を閉じる、その瞬間、動いたくちびるを最後に見とめて。 (おやすみ、ヴェール)
 2、  2015.10.31