いちどきりのしあわせにするつもりなんてなかったのに、

 やり方なんて知らない、それでも無性に求めていた、どうか、どうか彼女の体温を、肌を、すべてを、この身に刻み込めますようにと。神になんて祈ったことなどなかったはずなのに、精々海の妖精に無事の航海をと形式ばかりの礼を通すばかりだったのに。いまばかりは、神にも縋る気持ちだった。この日々がずっと続きますようになんて愚かな願いは捨てるから、どうか思い出ばかりは残してほしいとただ、そればかりを。  シルクのような感触の胸のかたちを崩して、突端を指先で弄んで。どう見たって不慣れな触れ方だというのに、その一つ一つに律儀にも反応を示してくれる。息を洩らして、眸を雫で濡らして、音にならない名前を紡いで。 「ね、」  胸から脇腹、へそへと指を滑らせる。ひくりと震える身体でそれでも彼女は続けた。 「きて、ください」  弱々しく伸ばされた手を掴んだ、離してしまわないように指を絡め取って。握り返されたそれに微笑みを一つ、いつもなら自分でも見惚れてしまうほどの表情を浮かべられるはずなのに、こんな時ばかり不恰好に出来上がってしまう。それでも彼女は返してくれた。目を細めたせいかつうと一筋流れていく。  花芯を少し押しつぶす、ふ、と洩れた音。引いてしまいそうになる手をなんとか抑えて、中指で一番熱を持った箇所に触れた。  なにがあってもやめないでください、と。最初の口づけをしたところで彼女が発した願いがそれだった。たとえば震えてしまうかもしれない、たとえば泣いてしまうかもしれない、けれどそれでも、どうか最後までしてほしいのだと。  息を、一つ。押し進めた指に合わせて、彼女の白いのどが痛いほど反っていく。きゅうきゅうと締め付けられて、ともすれば食いちぎられてしまいそうだった。もう一歩、一歩、ひたすらに深奥を目指していく。 「ぁ、や、あ…、」 「ヴェール、ごめん、ヴェール」 「ほっ、く、さ、」  名前がかたちになることはついになく。勢いよく貫けば、背筋をぴんと伸ばし声にならない悲鳴を上げた。息を整える暇も与えず揺り動かす、頭の中が私でいっぱいになってしまえばいい、私のことしか考えられなくなってしまえばいい、そんな醜い想いのままに。  それでも彼女は懸命に私をたぐり寄せる、無垢な眸に私を映して、精一杯笑みを浮かべようとして。  涙がいくら伝ったのか、それとも汗なのか、私のものか彼女のものか、わからない、なにも。ただただ浅ましい人間たちのように求め合って。 「ほっく、さん、ほっく、ホック…っ」  あるいは断末魔にも似たそれに応えていく。指をぐるりと回して、閉じていこうとする壁を押し広げて。わたくし、と。絶え絶えな息の合間を縫って落とされていく言葉に、動きを止めることなく耳を傾ける。  しあわせ、なんですの、あなたにふれてもらって、あなたといっしょにいられて。拾い集めてみればそう言っているようで。 「私も、だ、ヴェール、しあわせだよ、とても、」  またたきを一つ、流れた雫があごを伝って彼女の胸元へと落下していく。もうとうに色に染まり尽くしたくちびるを奪い去って、最奥に触れた。  果てへと到達した彼女に合わせて眸を閉ざす、これ以上、流していることを知られないために。 (しあわせだよ、なみだできみがみえないくらいに)
 1、  2015.11.1