勘違いの鼓動
「姉さま」
ふわり、と。動きよりも一呼吸遅れて揺れた桃色を視線が追い、口からは自然とため息が洩れる。
ゆるくウェーブのかかった髪は肩を滑り、重力に反するようにゆっくりと落ちていく。
「…姉さま」
手を伸ばしそれをゆるりと指に巻きつけると、間近に引き寄せ自身の茶色い髪と見比べた。
やはり何か、違う。決定的に異なるのは長さだろうか。しかし彼女と同じくらいまで伸ばしたとしても、こんな風にはならないだろう。
本日二度目となるため息をついたのと同時、
「ね、姉さまっ」
焦ったように、姉であるメイコの呼称を口にした妹──ルカの声が、ようやく彼女の耳にも届いたようで。
慌てて指を解き、ほんの僅かに距離を取った。
「ご、ごめんね、ルカ」
「い、いえ。少し、驚きましたけど」
そう言いつつ、目元にかかった前髪を自然な仕草で払う。これは彼女の癖。
ああ、いいなあ、と。気付けば勝手に呟いていたのはそんなこと。
「何がですか」
「え、何が」
「さっき呟かれていましたよ。いいなあ、って」
「そうなの」
「そうですよ」
くすくすと笑いを洩らすのはルカ。気の無いような、どこか抜けているメイコは見ていて面白い。途端、わざとらしく少し顔を顰めるメイコ。もちろんそれは冗談で。
「む。なーに笑ってんのよ」
「いいえ。それで、何がいいんですか?」
「…髪が、ね」
きれいで、
「羨ましいな、なんて」
「髪、ですか」
触れてみた色素の薄い長髪は、一度も指が引っ掛かることなく毛先まで梳ける。
でも、とルカは羨ましそうに姉の髪を見つめた。
「姉さまの髪も、さらさらで綺麗ですよ」
「ううん。あたしのはルカみたいにふんわりしてないし」
「─…いいえ」
まるで玩具を買ってもらえなかった子供のように、俯き気味に呟いたメイコが顔を上げる。
そんな彼女にふわりと微笑んだルカは、そっと茶色の髪に触れた。
「わたしは好きですよ、」
姉さまの髪。
「綺麗で、まっすぐで。まるで姉さまみたい」
臆することなく口にした言葉は恐らく心からのもの。憧れの姉へ向けた、妹からの言葉。
メイコは頬をこれ以上なく朱に染め、気恥ずかしさからか妹の顔を静止できず視線を逸らす。姉さま、とルカは不思議そうに首を傾げる。
「どうかされたのですか」
「なな、何でもないの! その、」
ありがとう。
彼女にしては珍しく素直に呟かれたそれに、ルカはもう一度微笑んで見せた。
(あなたがみとめてくれれば、)
ひとりで勘違いしてひとりで悩むめーちゃん。
2010.7.13