どうか同じ夢を見させてください。

 珍しく目覚めの良い朝だった。  いつもは大抵うなされて目が覚めるのに、今朝はそんなこともなく。小鳥のさえずりに促されるように、瞼が開いていた。  少しだけ首を逸らして、枕元の時計を確認する。今は、午前七時。うん、ちょうどいい時間。  視界の端でちらちらと薄茶色が見え隠れする。胸がじんわりあたたかいから、きっとエルがしがみ付いて眠っているんだろう。  ──エルはだいじょぶなんだけどね、ミラがこわいって泣いちゃうといけないから!  昨日の少女の言葉を思い出して、頬がゆるむ。  いつものようにルドガーの帰りを待っていた夜。二人してテレビを見ていると、心霊特集をやっていた。  納涼、と銘打ってはあるが、大分暑さがやわらいできたこの季節になんて不釣り合いな。そんなことを思った気がする。  くだらなさにチャンネルを変えようとすれば、好奇心からか、目を無駄に輝かせたエルがそれを押し止める。  こわいんでしょ、ミラ。  たった一言。それなのに負けず嫌いなわたしときたら、挑戦的なその言葉に無駄に張り合って、いいじゃない見てやるわと意気込んでテレビの前にスタンバイ。  そうして二時間半を見終え、二人で自分自身の言葉を後悔したものだ。  作り話と分かってはいても、怖いものは怖い。ましてや今から向かおうかという寝室を題材にした恐怖話があれば尚更である。  というわけで、見栄を張りながらも二人仲良く眠ったというわけだった。  起こさないようにそっと、胸元を見る。  思った通り、鎖骨のあたりに顔をすり寄せるようにして、エルが眠っていた。  普段は背伸びばかりしたがる子ではあるけれど、こうしてみるとやっぱり小さな女の子なのだと実感する。  わたしの背中に手の回して、ぎゅ、としがみついて。  これじゃあ赤ん坊と変わらないじゃない。なんて言ったら、果たして少女はどう反論してくるだろうか。  ふと、微笑みをそのままに顔を上げる。  わたしごとエルを抱きこむように、わたしの背に手を添えているルドガーもまた、少女と同じくあどけない寝顔で規則的な息を一つ、二つ。  まるで親子みたい。一緒に生活していると、細かいところも似てくるのかしら。  そう思うと微笑ましくて、少し、羨ましくて。  って。 「──ルド、」  上げかけた声を必死で押し止める。危ない、もう少しで大声を出すところだった。  いや、いまはそんなことを心配している場合ではない。  ルドガーが、目の前で眠っている。わたしとエルと同じベッドで、眠っているのだ。  彼は最近、リビングのソファで眠るのが常となっていた。  居候しているのはわたしなんだから、と言うのに、断固として譲ろうとしない。曰く、女の子をソファに寝かせるわけにはいかないよと。  せめて交代制にしようと追いすがる私に渋々だけど了解したものの、大抵帰りが遅いので結局彼の方がソファで寝る確率が多くなっている。  一緒に寝ればいいのにと、無邪気にも提案するエルに首を振り続けてきたのに。 「…疲れてたのね」  エルを抱きしめていない、自由な方の手でルドガーの頬にそ、と。起こしてしまわないように触れる。  こんなに近くで見ることはなかったから気付かなかったけれど、目の下にわずかばかりのクマが出来ているようだった。  毎夜毎夜、クエストに明け暮れているのだ、それも当然だろう。  本人は借金返済のためだと言っているけれど、きっと違う。強くなるために、一人で戦っていけるようになろうとしている、のだと思う。  身体を壊しちゃ元も子もないでしょ、と。再三言っているのに聞かないのだ、この男は。 「本当に、壊れちゃうわよ」  ──あなたが、あなたの世界が、壊れちゃうわよ。  みんなの世界が守れるのならそれでもいい、なんて。あなたは笑ってそう言うのだろうけれど。  私にとって、彼が最後のつながりなのだ。彼がいなくなってしまえば、わたしはもう、この世界では存在できなくなってしまう。エルとともに、彼もいなくてはならないのだ。  珍しく目覚めが良かったのはきっと、ルドガーのおかげなのだとふと、思う。  目の前でミュゼが、姉が殺される、夢。わたし一人だけ取り残される、悪夢。  繰り返し繰り返し、影のように付きまとってくる夢を見なかったのは、彼に抱きしめられて眠っていたから。  その何もかもを壊した彼が悪夢を消してくれるというのもまた、皮肉なものだけれど。  ふふ、と。胸元で小さな笑い声が聞こえた。  見ればエルが、何がおもしろいのか満面の笑顔を浮かべている。相変わらず寝息を立て、時折むにゃりと判別不可能な言葉をつぶやいているから、眠ってはいるのだろう。  同調するように、ルドガーもふと、笑う。  二人して同じ夢でも見ているのだろうか。内容は分からないけれど、それはとても楽しい、夢。 「…わたしも見たい、な」  今なら、同じ夢を見れる気がして。  背中に感じるぬくもりに今だけはと身を委ねて、まぶたを閉じた。 (ずっと一緒にいられるという、まやかしの夢を)
 あなただけは壊れてしまわないで。  2013.10.8