おやすみとおはようの間で。
※天才少女に生えてます※
心配そうな表情のエニアがやって来たのは、日付が変わる直前のことだった。
彼女曰く、今日一日どうにもラーマの様子がおかしいのだという。実験中もどこかそわそわと落ち着きがなく─首尾よく計画を進めていたため、そういう面では問題はないのだが─自分の半径三メートル以内には誰も近付かせず、声をかけようとして少しでも距離を詰めると途端に猫のように威嚇するのだという。
エニアが最後にラーマの姿を見かけたのは数時間前。トイレの個室から出てきた少女は顔を真っ赤に染め、逃げるように立ち去ったらしい。
「もしかして体調でも悪いのかも…昨日のこともあるし…」
そんなわけでリング研究所所長であり彼女たちの教師でもあるアイセメルは、仕事を切り上げひと気のない廊下を進んでいた。普段よりわずかに早い足音が響いて消える。実験室や共同ラウンジにいないとなると、おそらく自分のオフィスに引きこもっているのだろう。あそこは少女の城であり、他を寄せ付けない堅固な防壁でもある。
ラーマは自分の不調を訴えない子だった。寝不足が続こうと高熱が出ようと周囲にひた隠し、意地だけで立つような人間なのだ。体調不良なら休むべきだと何度諭したか知れない。もちろんあの強情っぱりが素直に聞き入れたことは一度として無いのだが。
程なくしてラーマのオフィスに辿り着いたアイセメルは、小さく質素なドアを控えめに叩いた。
「ラーマ、いるんだろう?」
がたり。扉の向こうから大仰な物音が聞こえる。どうやらアイセメルの予想は当たったようだ。
「な、なんであんたがここに」
「エニアが心配していたよ。君の体調が悪いんじゃないかとな」
「別にどこも悪くないわよ。検証結果は提出したでしょ、だから今日はもう放っておいて」
部屋の主に届かないよう、アイセメルはそっと嘆息する。
予想外の来訪に動揺しているということは、おそらくこの部屋に至るまでに備え付けられている監視カメラを確認していないのだろう。誰も寄りつかせないよう普段はモニターを注視している少女がこの有様なのだから、常でないことは明らかだ。それならば監督者として、しかるべき対応を取らなければならない。
「入るぞ」
「なっ…! 放っておいてって言ってるじゃない!」
ラーマの訴えを聞き流し、手元の端末でドアの施錠を解除したアイセメルが室内へ踏み入る。瞬間、顔面めがけて飛んできた枕をひょいとかわした。壁にぶつかった枕が頼りない音を立てて床に落ちていく。
「あ…あんたねぇ…プライバシーってものを知らないの!?」
果たして部屋の主はベッドに鎮座し、枕を投げたフォームのまま顔を真っ赤にして震えていた。膝にかけたシーツをぎゅうと握りしめ、闖入者を睨みつけている。しかしその視線にはいつものような覇気がない。やはり本調子ではないのだろう。
「君の体調を確認して、問題ないようであればすぐに立ち去ろう」
「だからどこも悪くないってば!」
アイセメルが距離を詰めた分だけ、ラーマはじりじりと後退していく。しかし悲しいかな、狭いオフィスに無理やり据えられただけの簡易ベッドには充分な広さがなく、ラーマの背中はすぐに壁に張り付いてしまった。
アイセメルの体重を受け止めたベッドがぎし、と不平を洩らす。ベッドの縁に腰を下ろしたアイセメルとラーマとの距離はいよいよ縮まっていた。もはやラーマは抗議する余裕もないようで、両膝を抱えてうずくまってしまった。騒がせたことで余計体調が悪化しただろうか、それとも何か心的要因で引きこもってしまったのだろうか。原因を探りながらもとりあえず熱を測ろうと手を伸ばしたアイセメルは、しかし違和感を覚えて動きを止めた。
視線を下げた先。
暴れたせいでシーツがめくれ上がり、露わになったスカートの下腹部あたりが、異様に盛り上がっていたのだ。
「………ラーマ」
小さな呼びかけに、ラーマがびくりと身体を震わせる。膝に顔をうずめた少女は、耳もうなじもかわいそうなほど赤く染め上げている。
「ラーマ、」
「…だから放っておいてって言ったのに…」
ようやく届いた声は、今にも消え入りそうだった。その声で確信してしまった。スカートの布地を押し上げているそこに、本来女性にあるべきではない”異物”が存在するのだということを。
アイセメルは瞬時に心当たりを割り出した。
昨夜、第三ブラックリングが異常値を記録した瞬間があったのだ。それは一瞬のことだったが、観測していた計器にわずかな障害が発生し、軽い体調不良を訴える研究員もいた。すぐさま調査を行ったものの、基地内のM値は正常、BR-003も安定している。引き続き原因究明に努めるが、問題はないだろうという結論に至った。
しかしまさかラーマが影響を受けてしまったとは。普段は冷静沈着を崩すことのないアイセメルもさすがに動揺を隠せなかった。狂瞳に汚染された結果、身体に異変が現れる者もいる。少女の身に起こったこれも、その影響なのだろうか。
「黒石英は」
「とっくに調べた。全身くまなくスキャンしたけど、M値に異常なし。コンビクトになった可能性も低い。おそらく昨日のBR-003の狂瞳漏洩によるものだろうけど、正確な原因も具体的な解決方法も不明」
ラーマは一気にまくし立てた。その口調は普段と同じようでいて、けれど言葉がどうしようもなく掠れている。不安を感じていることは手に取るように分かった。
宥めようとしたアイセメルの手が振り払われる。ようやく顔を上げた少女の目には、痛ましいほど涙が溜まっていた。
「触んないで…!」
「ラーマ…?」
「あ、あたし、変なの。身体が、ずっと熱くて…感覚が鋭くなってて…自分の身体じゃ、ないみたいで…」
言葉とともにはらりはらりと雫がこぼれていく。アイセメルはひそかに息を呑んだ。計算に誤りがあろうと実験が失敗しようと決して涙を流すことのない科学者が、狭いベッドで膝を抱え、不安をあふれさせていた。
「だから誰も近付かせなかったのに、あんたは…あんただけは……」
天才科学者でも首席研究員でもなく、ただ未知の感覚に怯えている少女のように、アイセメルには見えた。
押し殺した泣き声が、ふたりきりの部屋に満ちていく。
しばらく押し黙っていた来訪者は、やがて少女の手にそっと自身のそれを重ねた。びくり、ラーマの全身が強張る。再び振りほどこうとしたものの、けれど少女を見つめる真剣なまなざしを前に、それ以上の抵抗を失ってしまった。
「辛いだろうに、一人でよく耐えていたな、ラーマ。─…あとは私に任せなさい」
「……え、…ちょ、ちょっとまっ、待って…!」
ラーマが意味を理解したころには、アイセメルの手はすでにスカートの内へ伸びていた。下着越しに膨らみへ触れられた途端、少女の腰が跳ね上がる。まるで背筋に電流が走ったかのような衝撃だった。重ねられたままだった手を思わず強く握りしめる。
は、と息をついたラーマは、侵攻を止めたアイセメルを力無く睨みつけた。
「あ、あんた、何を…っ」
「狂瞳にあてられたことで、恐らく君は一時的な興奮状態にあると思われる。内に溜め込んでいると身体にどんな危害が及ぶとも知れない。だから一刻も早く体外へ発散して、」
「わ、分かってるわよそんなこと! そうじゃなくて、なんであんたが手を出そうとしてるのかって聞いてるの!」
「なら自分で処理できるのか」
淡々とした物言いに、ラーマはぐっと言葉に詰まる。
ラーマ自身もその可能性にとっくに思い至っていた。処理したほうがいいことも理解していた。けれど手を伸ばせなかった。知識としては把握しているものの、実際に目にするのは初めてのこと。しかもそれが、自身の身に宿っている。きっと彼女は一日中、身を焦がす熱に焼かれながら悩んでいたのだろう。
恐らく現状の最善手なのであろうアイセメルの言葉に反論もできず、ラーマは俯いた。
「でも…これに触れたら、もしかしたらあんたにも被害が…」
「それは君が心配することではない」
そこでようやくアイセメルは表情を緩めた。今は動転しているであろう教え子を落ち着かせ、対処することが先決だ。曲がりなりにも自分はこの子の監督者であり、保護者であり、教師なのだから。
かたく握りしめられた手を両手で包みこむ。少女の翡翠色の眸が頼りなく揺れる。
「君だけで解決できない問題は、ふたりで取り組めばいい。そのために私がいる」
「……なによ。こんな時だけ先生ぶっちゃって」
文句を言いながらも、ラーマはわずかに身体の力を抜いた。頑なな少女の、それが精一杯のSOSだった。
再びスカートへ両手を差し入れたアイセメルは、慎重な手つきで下着を下ろしていく。腰を浮かせたラーマが苦しそうに眉根を寄せる。こまかな衣擦れ一つでも、今の少女にとっては刺激が強いのだろう。できるだけ要らぬ負担をかけないようにと、アイセメルの手つきはさらに繊細になった。
ようやくつま先から下着が抜ける。フリルのあしらわれたそれを見とめるより先に、持ち主が素早く奪い去りシーツの下へ隠してしまう。こんな状況でも捨てたくない乙女心があるらしい。かわいいものだ、と笑いかけたアイセメルは、すんでのところで表情を引き締める。ここで笑えばまず確実に蹴られるだろう。
ちらと視線を下げる。少女の”異物”はすでに、スカートを押し上げ硬く存在を主張していた。
遮るように手を伸ばしたラーマが、両の指で恐る恐るスカートをつまみ上げる。恐らくは他人に暴かせたくないというプライド故だろう。ゆっくりと全貌を露わにしたそれは、腹に向かってそそり立っていた。可憐な少女とグロテスクなそれの組み合わせはあまりに不釣り合いで、けれど涙目になりながら秘部を晒しているという光景に眩暈を起こしそうになる。
ひとつ、ふたつ。アイセメルがまたたく。たったそれだけで感情を押し込めた彼女は、ラーマの膝の間に身体を滑り込ませた。ひくり、少女の肩が揺れる。
「…アイセメルは…その。経験、あるの…?」
恐々見上げてくる翡翠色の眸に、アイセメルはつい苦笑してしまう。
「どうした、気になるのか?」
「茶化さないでよ! だってあたし、は、はじめて、だから…」
「安心したまえ。手荒な真似はしないし、誰にも洩らさない。君と私だけの秘密にしよう」
「……ん」
先ほどよりも近付いた距離は、少女の緊張を解くのに充分だったようだ。
素直に頷いたラーマは、アイセメルの首に両腕を回す。存外やわらかな感触に思考が止まったのは一瞬。アイセメルは深く息をつくと、教え子の足の付け根へと手を伸ばした。
「ひぁっ、」
片手でやわく握っただけで、ラーマの背がしなる。どくどくと熱く脈打つそれは、すでに限界間近のように思えた。よくこんな状態で我慢していられたものだと感心してしまう。しかしこの様子ならすぐ事は済むだろう。
上下に軽く扱くと、粘りのある水音が鼓膜にへばりつく。先端からしとどにあふれる先走りのおかげで滑りはよかった。アイセメルの手の動きに合わせて腰が揺れていることに、果たして少女は気付いているのだろうか。
「あ、ぁ、やぁ…やだぁ……っ」
きっとそんな余裕はないだろう。少女の意識は、目の前の女から与えられる未知の快感に引きずり込まれていた。
緩んだ口元から、砂糖をふんだんにまぶしたような甘い声が絶え間なくこぼれている。普段の勝ち気な少女からはおよそ聞いたことのないような、欲でぐずぐずにとけた音色。どうやら通常の人間と同様、この器官は彼女の感覚と結びついているらしい。感度の良さは狂瞳の影響か、はたまた彼女がこういった行為に不慣れだからか。疑問は尽きないが、今は検証している場合ではない。
親指でこするように鈴口をなぞる。視界の端で金糸の髪が乱れ、形になり損ねた吐息が首筋にかかった。熱を孕んだ吐息に、アイセメルの背筋がわずかに痺れる。
一体なぜこんなことになったのだろう。教え子に縋りつかれながら、アイセメルは今更この状況に背徳感を覚えた。熱を解消するだけなら、少女の手を導いてあげるだけでよかったのに。これではまるで、手ほどきをしているようではないか。それともこれも庇護や教育のうちと言えるのだろうか。
自身の行動に異を唱えながらも、しかしここまで来て中断するのは逆に酷だ。アイセメルはまばたき一つで思考を逃がす。今はこの子を楽にすることだけに集中しよう。
擦り合わせる速度を上げる。親指の腹でなおも先端をこすれば、快楽のかたまりがあふれて止まらない。淫猥な水音と高い嬌声がふたりきりの部屋に満ちて、じわりじわりと逃げ場を断っていく。誰の逃げ場を塞がれているのか、誰が逃げようとしているのか。堂々巡りに落ちそうになる思考に蓋をする。
「アイ、セメル…アイセメル……も、むり…っ、なにか…きちゃ……っ」
は、は、と浅い呼吸の合間に言葉が落ちる。のぼせ上がった声音に、何度もこぼされる自身の名に、アイセメルの腹の奥がぐずりと呼応する。
──ああ、これはなかなか厄介だ。
抗いようのない熱を前に、彼女は一度、固く目を閉じる。そうして左手をラーマの背中に回して引き寄せ、真っ赤に染まった耳へ口付ける。
「─…ラーマ、」
吐息とともに吐き出した名前に、いつもの冷静さなど欠片もなかった。
「……っ、ぁ、だめ、それ、だめぇ…あっ……!」
瓦解は突然だった。ラーマが襟元をぐしゃぐしゃに掴むと同時、手の内にあった怒張が膨らみ、熱を吐き出した。白く濁ったそれがアイセメルの手のみならず、服にまで飛び散り汚していく。
しばらく続いた吐精の間ずっと、ラーマは縋りついたまま快感の波に揺られていた。
「…大丈夫か、ラーマ。痛みや異常はないだろうか」
脈動が収まり、呼吸が落ち着いてもまだラーマは黙りこくったまま。アイセメルの言葉にも確かな反応はない。恥ずかしがっているのか、それとも落ち込んでいるのか、もしくはその両方かもしれない。どちらにせよ、状態は安定しているのだろう。肩口に額をつけたラーマの背中を左手で優しく撫でる。彼女としては、再び口を利いてくれるまでこうして待つより他なかった。
サイドテーブルへ腕を伸ばし、ティッシュを抜き取ると右手の汚れを器用に拭い去っていく。あとで解析に回してみようか。ラーマが顔を上げる気配がないのをいいことにそんなことを考える。詳しく調べてみないことには断定できないが、見た目と粘度からして、通常のものと相違ないように見える。アイセメル自身にも異化や精神異常の兆候は見られない。狂瞳汚染による変異は専門ではないが、最低限の判断はつく。
それに研究課題へ目を向ければ、自身の感情を思考の隅へ追いやることもできる。じわりとほのかに熱を持つ身体からも、目を逸らすことができるのだ。
「………なんで、」
アイセメルがあれこれ考えを巡らせているところへ、ぽつり、声が落ちた。つい今しがた甘くとけていたとは思えないほど静かな声に、彼女は首を傾げる。
「…なんで、あんなことしたのよ…!」
「なに…、……っ」
怒気を孕んだ声音に驚いたせいで反応が遅れた。
スプリングが悲鳴を上げる。背中をしたたかに打ちつけ一瞬、呼吸が止まる。咳をするように息を吐き出したアイセメルは、両肩を押さえつけ睨み据えてくる教え子を見上げた。
「抱きしめて、名前なんか呼んで、き、キスなんかして!」
琥珀色の眸がにじむ。大きな目から今にも涙がこぼれそうだった。どうしてそんな表情をしているのか、どうして少女が怒りを向けてくるのか。
「…あんな声で…!」
相手のことは何一つだって分からないのに、自身の変化は嫌になるくらい感じ取ってしまった。琥珀色の底に確かに灯った情欲に、腹の奥がまた燻ぶる。
「あんたがずっと教師の顔しててくれたら、あたしは…!」
指先が思わずシーツを掻く。表面上は平静を装っていた、そのつもりだった。
「…あんた言ったわよね、解決できない問題はふたりで取り組めばいいって」
けれど目敏い少女は、逃げることも取り繕うことも許さず、まっすぐに女を見下ろす。
「─…じゃあ責任取って、最後まで付き合いなさいよ」
アイセメルがその意味を理解するより早く、彼女の左足を抱え上げたラーマは、もう片方の手でストッキングを乱暴に破いた。
「ま、待てラーマ! やめ…っ」
制止の言葉は、与えられた刺激に呑まれていった。ぐじゅ、と。ラーマの細い指が下着をなぞる。不快な水音が身体を伝って耳を突く。疑いようのないほど濡れていることくらい、自分が一番分かっていた。ラーマの熱にあてられたから、生理現象だから。しようと思えばいくらでも言い訳は浮かぶ。しかし理由を並べ立てたところで、少女が見逃してくれるはずもなかった。
下着越しに感じた熱に、我知らず身体が強張る。恐る恐る視線を下げた先、少女には不釣り合いなそれが再び硬度を取り戻していた。ぐり、と確かな質量を押し付けられ、アイセメルの背を冷や汗が伝う。
「ラーマ、これ以上は」
「あんただってこんなにしてたくせに、涼しい顔して…」
アイセメルの声は、教え子にはもはや届いていなかった。いまだその身に宿った熱に浮かされているのかもしれない。ぐらぐらと揺らぐ琥珀色が、シーツに沈む女を捉える。欲と怒りと、それから痛ましいほどの悲しみがにじんでいる気がして。
「ラー、っ、……ぐ、」
下着をずらされ、体重をかけるように挿入された。圧迫感に息が詰まる。はく、と掴みそこねた呼吸がこぼれていく。ちかちかとまたたく視界になんとかラーマを映せば、少女もまた眉根を寄せ、強すぎる快感を逃そうとしていた。
──私のせいなのかもしれないな。
ラーマの言葉を、涙を湛えた眸を、震える声を思い出したアイセメルはふと思う。狂瞳や未知なる力によるものではなく、自分のせいなのだと。
あの時たしかに彼女は、湧き上がる感情を押し込められなかった。教え子を思ってのことだったのか、自身の欲に負けてしまったのかは判然としない。けれど切実に名を呼ぶ声に、必死に縋りつく指に、どうしようもなく揺らいでしまった。とうの昔に殺したはずの心を突かれたような、そんな衝動にも似た感覚だった。
腕を伸ばしたアイセメルが、いまだ呼吸を整えられていない教え子の頬を撫でる。
「…つらくは、ないか。私のことは気にせず、動くといい」
「……っ、なんなのよ、あんたは」
ラーマは今度こそ泣き出しそうにくしゃりと顔を歪めた。歯を食いしばり、悪態の代わりに腰を押し進める。アイセメルの喉が掠れた音をこぼす。割り開かれていく感覚は苦しいはずなのに、同時に堪えようにない快楽も運んでくる。最奥を満たす熱に、アイセメルはとうとう声を洩らした。
力無く落ちた左手を、小さな手がすくい上げる。シーツに縫い留め、指を絡めたラーマはそのまま身を屈め、アイセメルのくちびるへ自身のそれを重ねた。それはキスと呼ぶにはあまりに拙いものだった。半ば押しつけるような行為にふっと口角を緩めたアイセメルは、くちびるを追いかけみずから求めた。琥珀色の眸が驚きで見開かれる。
「あ、アイセメル…」
「ラーマ、─…おいで」
滑り出たのはほとんど無意識に近かった。熱に浮かされたから、理性を失っていたから。言い訳は数あれど、しかし心の内にずっとあった想いであることは確かだった。
その言葉でタガが外れたように、ラーマは素直に快感を追いかけていく。奥を穿たれるたび、ずるりと欲が引きずり出されるようだった。声を殺すアイセメルを咎めるように、ラーマのくちびるが重なり、不器用に口を割っていく。
「アイセメル、…アイセメル…っ、」
荒い呼吸の合間に名前が落ちる。肌と肌の隙間を埋めるように何度も。切実にこぼされる音に、身体がどうしようもなく反応してしまう。隠しようのない歓喜があふれてしまう。
──ああ、本当に厄介だ。
こみ上げる衝動のまま、ラーマの頭を抱き寄せる。白く染まる視界の中、アイセメルが口にしたのは、胸にかき抱いた少女の名だった。
やわらかなぬくもりに、意識を引き上げられた。
重いまぶたをこじ開けたアイセメルがひとつ、ふたつとまたたく。しかし焦点が合う前に、向かい合うように横たわっているラーマが視線を逸らした。
「ええと、その……アレは消えたから、安心して。今のところ異常は無さそうよ。解析データは後日回すから確認してちょうだい。もちろん他の人には秘密でね。それから……」
早口でまくし立てたラーマは、歯切れ悪く言い淀むと、ようやくちらと目を向けてきた。機嫌を窺う小動物のような、叱られるのを怖がる幼子のような表情に、アイセメルはつい吹き出してしまう。
そもそもこの状況だって充分滑稽なのだ。乱れてはいるがふたりとも服を着ているし、ふたりで寝るには狭すぎるベッドで身を寄せ合っているし、なにより絆されることはないと思っていた自分がまさか教え子に抱かれるとは。一度ツボに入ってしまったアイセメルの笑いは止まらない。
「わ、笑わないでよ!」
「ふふ、すまない。君があんまりかわいいものだから」
憤慨するラーマは、けれどアイセメルの言葉でぴたりと固まってしまう。その反応もまたおかしくて、目尻に浮かんだ雫をそのままにラーマを抱き寄せた。抵抗するかと思いきや、案外大人しく収まったラーマは呆れたように息をつく。まったく、あんたって人は。そんな言葉が聞こえてきそうだったものだから、先手を打って頭を撫でた。
「これで責任は取れただろうか」
「…責任を取らなきゃいけないのは、むしろあたしのほうじゃない…」
言葉にもはや覇気はない。アイセメルが目覚めるまで、このかわいい教え子は一体どれだけ悩んでいたのだろうか。申し訳なくもあり、けれど少しだけ嬉しくもあった。
「もう少し眠ろうか。君も疲れているだろう」
「…眠いのはあんたでしょ。まったく…仕方ないから付き合ってあげる」
そう言いながらも背中に腕を回し、胸元に頬をすり寄せてくる。自分よりも高い体温に、アイセメルはどうしようもなく安堵した。それと同時に訪れた睡魔に、まぶたが自然落ちていく。今日は夢を見るだろうか、もし見るのなら──眠りに沈む間際、小さな願いをひとつだけ。
「おやすみ、ラーマ」
「…おやすみなさい、アイセメル」
(私はきっと、君の夢を見る)
天才科学者にほだされちゃう所長。
2026.8.15