夜明けはまだ遠く、

 我ながらなんてスマートな誘い方かしら!  ラーマは自画自賛した。あんまりにも得意になり、その日は一日中ご機嫌であった。  研究員の一人が実験中にミスをしても、夏音におやつを奪われても、本に挟みこんでいた遠征隊柄の栞を夏音にからかわれても、怒りの感情を覗かせはしたが最終的にはふにゃりと相好が崩れてしまうのだ。常に無いラーマの様子にさすがにうすら寒さを覚えた夏音は、頭でも打ったの?と言い残し距離を置いた。  シャーシャに控えめに指摘されたことでようやく自身の浮かれ具合を自覚したラーマは気を引き締める。しかし浮足立つ心は抑えきれない。一秒もずれることなく定時きっかりに仕事を終えたラーマに、研究員たちはいよいよ天変地異の前触れを悟った。  恐れおののく周囲の反応など、今の少女には届かない。寮区画へと向かう足取りはもはやスキップでもしかねないほど軽やかである。  そう、なんといっても今日は、アイセメルと二度目の夜を過ごすのだから。 「今日は基地に泊まるのよね?」  今朝のことだ。観測データのバックアップを取りながら、何気ないふうを装って尋ねた。 「ああ。明日の午後に視察が入るだろう、あれの出迎えをしなければならなくてね。ここにいたほうが移動の手間が省ける」  向かいでメールのチェックをしているアイセメルが淡々と答える。  ラーマはそっと周囲を窺った。早朝ということもあり、学術報告室には誰の気配もない。お互いに多忙な身の上のせいで、アイセメルとふたりきりになれる機会などそうそうなかった。今が絶好のチャンスだ。 「でもあんたのオフィスにベッドなんて置いてないじゃない」 「ソファで充分だ」 「そんなので休めるわけないでしょ」  こほん、と咳払いをひとつ。わざとらしかっただろうかと反省するのは後回し。机の下できゅっと手を握り込んだラーマは、意を決して提案した。 「し、仕方ないから、あたしのベッドを貸してあげる」  若干詰まりながらの言葉に、ようやく顔を上げたアイセメルが不思議そうに首を傾げる。 「それでは君が寝る場所がなくなるだろう」 「明け渡すなんて言ってないでしょ。端っこを分けてあげるって言ってるの」  視線を逸らさなかったことは褒められるべきである。たとえその顔がこれ以上ないほど真っ赤に染まっていたとしても。  半ば睨みつけるように見据えてくるラーマを前に、何度かまばたきをしたアイセメルはようやく合点がいったのか、ああ、と呟く。おもむろに端末を閉じて机を回りこんだかと思えば、腰を屈めてラーマの耳の縁へくちびるを落とした。少女の身体がびくりと跳ねる。 「二時間くらいは寝かせてくれよ」  ふっと笑ったアイセメルは、そうして踵を返すと部屋を後にした。ひとり残されたラーマは、閉まった扉を呆然と見つめる。耳が熱を持っている。くちびるの感触をたどるように我知らず耳を触ったラーマの顔にじわじわと笑みが広がっていく。  苦節二ヶ月、想い人を再び居城へ誘い込むことに成功したのだ。  早々にシャワーを浴びたラーマは、自室のベッドで落ち着きなく転げ回っていた。冷静になるべく本を読んだり資料に目を通してみたりもしたが、内容などさっぱり頭に入ってこない。気を逸らすことは早々に諦め、ぬいぐるみをぎゅうと抱き込んだ。  アイセメルと初めて夜を共にしたのはちょうど二ヶ月前のこと。  あの時はどちらから先に口付けただろうか。ラーマはつんとくちびるを突き出して目を閉じていただけから、恐らくアイセメルが顔を寄せたのだろう。夢中でキスをして──ついばむばかりのラーマのくちびるに舌を忍ばせたのはアイセメルだった──初めて触れた柔肌の感触に頭が真っ白になって──固まるラーマの手に指を絡めたのはアイセメルだった──部屋を満たす甘い声がもっと聞きたくて必死で反応を探って──惑う手つきを導くように腰を落としたのはやはりアイセメルだった──  あの夜のひと時を思い返したラーマは思わず頭を抱える。そう、最初の蜜事のほとんどはアイセメルにリードされていたのだ。情事の直後こそ、ふわふわと夢見心地でいたのだが、時間が経つにつれ悔しさが募っていった。そうして決意した。次こそはスマートに夜を遂げてみせる、と。  彼女は当代随一の研究者だ。何事においても探究し、より良い解を導き出すことを信条としている。それは夜の営みについても同様だった。暇を見つけては相手を翻弄する方法を検索し、即座にキャッシュを削除する日々。時にはエニアにそれとなく聞いてみたりもした。あくまで友人が、という体で教えを乞うたところ、エニアは嬉々として知識を披露してくれた。どうやら彼女は同年代の中で一番心得があるようだ。どこから、何の目的で仕入れたかについては詮索しないでおいた。  そうやって涙ぐましいほど知識の吸収に努めたラーマにとって、今夜はその実証のようなものだった。  コンコン。控えめなノックが室内に響いたことで、我に返ったラーマは飛び起きた。慌ててベッドの下へぬいぐるみを退避させたと同時に扉が開く。  現れたアイセメルは、すでに寝支度を整えていた。ラーマと同様シャワーを浴びてきたのだろう、普段まとめている髪が肩へ流れている。光沢のあるサテン生地の寝間着は、シャワー室に備え付けのものだ。  まさかその格好でこの部屋まで歩いてきたのか。ベッド脇に立ち尽くしたラーマは言葉を失う。他の職員も寮区画では自由な格好で過ごしてはいるが、仮にも彼女はこの施設の最高責任者なのだ。何よりこんな無防備な姿を他の誰かが目撃したかもしれないと考えただけで、ラーマの心がじりと燻ぶる。 「遅くなってすまない。少々急ぎの用が入ってな」  そんな家主の心情も知らず、詫びを入れたアイセメルはラーマの横をすり抜け、ベッドに腰を下ろした。ぽんぽん、と自身の隣を軽く叩く。 「おいで」 「…あたしの部屋なんですけど」  拗ねたように文句を言いつつも、見上げてくる金糸雀色の眸に敵うわけもなくて結局、大人しく隣に収まった。呼吸をひとつ。喚く心臓を落ち着かせるべく息を吸ったはずなのに、隣人の香水のにおいまで拾ってきてしまってぐらり、思考が乱れかける。しっかりしなさい、ラーマ。少女は自分自身に言い聞かせる。  ベッドに両足を上げ、アイセメルへ向き直ったラーマは膝立ちになる。まずは相手よりも目線が上になること。これはエニアの教えだった。低い位置にいるとどうしても優位に立たれてしまう、だから相手を少しでも上から見下ろすことが先決よ──これほどまでにエニアを頼もしく思ったことがあろうか。アイセメルの肩へ手を置きながら、ラーマはひっそりと友人へ感謝を贈った。  左手は肩へ、右手は頬へ添える。艶やかなくちびるに狙いを定め、顔を寄せた。  始めの口づけはついばむように。下唇を食み、わずかに音を立てて離れる。何度かそれを繰り返したのち、舌先でちょんと伺いを立てる。察したアイセメルは舌で迎え入れようとするが、絡め取られる前に歯列をなぞった。ふ、と肩にほんのり力が入る。親指の腹で宥めるように頬を撫で、舌はさらに奥へ。口蓋をくすぐれば、はふ、と吐息がこぼれ落ちる。  散らばっていきそうになる理性をなんとかかき集めたラーマは、ちらりとまぶたを開けた。視線のすぐ先で、長いまつげがかすかに震えている。そういえばアイセメルはいつも目を開けてたわね。ラーマはふと思い出す。少女はいつも固く目を閉じてしまうのだが、対する相手はといえば反応を窺うようにじっと見つめてきているのだ。それが今は視界を閉ざしているということは、それだけ余裕がないということなのだろうか。ラーマは少し気分を良くした。これも予習の成果である。  なおも絡んでこようとする舌を無視して口内でぐるり円を描きながら、指はシャツのボタンを外していく。焦らないこと。これも頼もしい友人からのアドバイスだ。  一つずつゆっくりとボタンを開放し、そっと肩を押した。アイセメルの背中がシーツに沈みこむ。 「ラーマ、」  見上げてくる眸はどことなく戸惑いを浮かべていた。初心な少女の急な成長に驚いているのだろう。口づけをもうひとつ、呼吸が混ざり合う。 「今日は全部あたしに任せて」  囁くと、アイセメルはわずかに目を瞠った。  口の端、頤、喉へと順にくちびるで下っていく。形よく浮き出た鎖骨へ歯を立てると、身体がぴくりと強張った。 「痛い?」  視線を上向かせたラーマに、アイセメルはそっと首を横に振る。今度は舌でちろりと舐め、そのまま舌先を谷間へ滑らせる。生憎とホックを外す技術をまだ習得していないラーマは、片手で下着をずり上げた。 「こら」  アイセメルが抗議の声を上げる。背中を浮かせてみずから下着を外そうとするものだから、強引に肩を押さえつけた。今日はどうあっても主導権を握らせてはならない。ラーマの決意は固かった。  胸の先端はすでにつんと存在を主張していた。そっと口に含み、舌でころころと転がす。軽く吸いながら、もう片方の胸に手を這わせる。ラーマの小さな手のひらに余るそれは、上向いてもなお弾力を失わない。捏ねるように形を変えつつ人差し指と中指で胸の先を挟みこめば、アイセメルの指がそっとシーツを掻いた。  ほのかに汗ばみ始めた身体に、ラーマは夢中になって吸い付く。人の汗がこんなに甘美なものだとは知らなかった。あるいはアイセメルのものだからだろうか。そんなこと、今のラーマにはどうでもよかった。  ぱく、と咥え込み、喉の奥でじゅうと吸う。細い指がまたシーツに縋る。 「ラーマ…もういい、から」  どれくらい胸をいたぶっていただろう。伸びてきた手がくしゃりとラーマの髪を乱した。  ようやく顔を上げたラーマは、アイセメルの表情を見とめて思わず目を見開いた。あのアイセメルが──キスをしても裸を見ても抱いても余裕を崩さなかったあのアイセメルが、頬をほんのり上気させ、眸を潤ませ、懇願するように見つめているのだ。  ごくり、喉を鳴らしたラーマは悪戯に口角を持ち上げる。 「あんたもおねだりなんてするのね」  それならお望みどおり。引き締まった腹部に口づけを落としながら、アイセメルのズボンと下着をまとめて下ろした。ひくり、腹の震えがくちびるを伝う。アイセメルって案外素直に反応するのね。思ったのはそんなこと。  足をまたいだラーマはまずつま先に口づけた。逃げようとする足先を捕まえ、足の甲にくるぶし、太腿、とゆっくり上方を目指す。ふくらはぎに吸い付きながらちらと視線を向ける。左腕で顔を覆ったアイセメルはくちびるを噛みしめていた。  あれ、とラーマは首を傾げる。何かが違っていた。前回はラーマの動き一つ一つに丁寧に反応し、もう少しあられもなく声をあげていた気がするのだが、今のアイセメルはといえば身体の反応を押さえつけ、声を噛み殺しているように見える。  もしかして。違和感が形を成す。少女の脳が瞬時に解を導き出す──もしかしてあれは、あたしを喜ばせるための演技だったのね。  足の間に跪いたラーマは、アイセメルの両足を抱え込むように腕を回す。 「ねえ、アイセメル」  ふう、と息を吹きかける。アイセメルの腰がふるりとわななく。ようやくたどり着いた中心からあふれる蜜が、シーツの色を変えていた。 「あんたの声、聞かせてちょうだい」 「っ、ぁ、」  花芯に触れた途端、アイセメルの喉から低い音がこぼれ落ちた。引こうとする腰をぐっと引き寄せる。ちゅ、と軽く吸い、舌でやわく押し潰す。再び伸びてきた手がラーマの髪をぐしゃりと掻く。恐らく引き剥がそうとしているのだろうが、まったく力のこもっていないそれはむしろもっとと求めているように思えた。  舌先でねぶりながら、つ、と指で蜜をすくう。とめどなくこぼれる欲のかたまりがラーマの指を濡らしていく。馴染ませるように入り口をなぞると、アイセメルの腹にくっと力が入った。 「ま、っ、待て、ラーマ、…まって、んぁ、っ」  静止の声に構わず指を潜り込ませれば、アイセメルは痛いほど喉を反らせた。中指と薬指の先がきゅうと締め付けられる。まるで追い出そうとしているかのような圧迫に、ラーマも思わず眉をひそめた。空いた右手で腰を撫でる。ゆっくりとした宥めに、わずかだが彼女の緊張がほどけた。  反応を伺いながら慎重に指を進めていく。ぐじゅ、と押し出された愛液がラーマの口をしとどに濡らす。あふれ出たそれを舌ですくい取り、突起へ擦りつけると、アイセメルのつま先がシーツを蹴った。 「それ…っ、や、ぁ…」 「嫌じゃないでしょ。そろそろ素直になったらどう?」 「んっ、ぅ、」  指先がざらりとした感触を探り当てる。びくり、確かに跳ねた腰に、ラーマは思わず口元を緩めた。指を曲げ、上襞を擦るように軽く抽送する。同時に花芯を吸うと、刺激が強すぎたのか、声を洩らしたアイセメルは指が白くなるほどシーツを握りしめた。右手でその指を攫い、強く絡ませる。アイセメルの目から涙が伝い落ちていく。 「ラー、マ、っは、ラーマ…あ、だめ、ぅあ、」  もはや声を抑える余裕もないらしい。ひときわ高い声がうわ言のようにラーマの名前を繰り返す。甘くとろけた自身の名が鼓膜に触れるたび、ラーマの腹の奥がぐずりと溶ける。熱を燻ぶらせているのは少女も同じだった。  絡んだ指をぎゅうと握り、わずかに口を離す。 「…アイセメル…っ」 「………っ、」  名前に反応するように、アイセメルの中が指を一層きつく締めつけた。はく、と酸素を掴みそこねる。背中を反らして快感の波にさらわれていた彼女は、やがて力が抜けるようにシーツに沈んでいった。  指を抜いたラーマはもぞもぞと四つん這いでにじり寄る。漆黒の髪が乱れているせいで表情が窺えない。  荒い呼吸を繰り返しているアイセメルの髪をそっとかき分け、耳朶にひとつ、うなじにひとつ、口づけを落としていく。 「……口、ゆすいできたらどうだ…」  くちびるへキスをしようとしたところで、まぶたを閉じたままのアイセメルが掠れた声でそう言った。ぴたりと止まったラーマは、ほんの少しだけ考える素振りを見せる。 「どうせまたするんだから関係ないでしょ」 「待て、まだするのか…?」  ようやく覗いた金糸雀色の眸が怯えたように見開かれる。ラーマは思わず吹き出した。大人ぶったこの人の仮面を剥ぎ取るのは、案外簡単なことらしい。それがラーマにだけ許された特権だということに、ラーマ自身はまだ気付いていないけれど。  鼻先にちょんとくちびるを触れさせる。 「だって、二時間寝れたら充分なんでしょ?」 「それは最低ラインだ、っ、ちょっ、ラーマ、」  力無い抗議は、絶え間なく降り注ぐキスの雨に抑え込まれていく。少女の悪戯な手はもう下腹部へ伸びていた。 「ねえアイセメル。もう演技なんてしないでよね」  上体を起こしたラーマは、シーツに身体を投げ出したアイセメルを見下ろす。前回の芝居を見破られていたことにようやく気付いたその人はひくりとわずかに肩を震わせた。 「──そんな余裕なくなるくらい、気持ちよくしてあげるから」 (あたしの研究成果はどうかしら、教授?)
 結局二時間も眠れない。  2026.8.23